いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

筑波山腹みかん狩り 2012、 そして、ネオ・ゴシック と びびり

2012年11月11日 19時45分15秒 | 筑波山麓

3年前から始めて恒例とした、「筑波山腹みかん狩り」。

・ 筑波山腹みかん狩り 2011

筑波山腹みかん狩り、2010 

・初めての筑波山腹、みかん狩り (2009)

筑波山腹では温州みかん園がある。そもそもは「フクレ」みかんが自生していたことから発生したらしい。

なぜ筑波山でみかんが採れるのか? ⇒愚記事: 上記「筑波山腹、みかん狩り」 「筑波山腹は温暖なり」。 

マンネリ化してきたが、先週末行ったので、記事とする。

フクレみかんは、温州みかんと比べ、色が檸檬のごとく黄色い。そして、酸味に富み、糖分に、おそらく、欠ける。そもそも実が小さい。そして、しばしば、種を含む。下記画像、左:フクレみかん、右:温州みかん。

▼ はじめまして、フクレみかんです。

新入ねこのみけちゃんにフクレみかんと対面してもらう。

やはり、攻撃を加えた。大きさと形が猫にとって格好な攻撃対象なのであろう。


■ ネオ・ゴシック と びびり

19世紀にゴシック建築のリバイバル(復興)があったと知る (⇒wiki)。

その典型例が、ロンドンのイギリス国会議事堂 (本当は宮殿なんですけど)。

建築は1840-1864年だ。そして、伊藤博文(我らが、ちんぴら兄ちゃん!)がロンドンに着いたのが、1863年。

ほぼ、ゴシック・リバイバルのイギリス国会議事堂は出来上がっていたのだ。

手元の、伊藤博文の伝記には、もちろん博文が1863年にロンドンに行ったことは記されているが、ゴシック・リバイバルのイギリス国会議事堂を目にした時、どういう気持ちになったかは書かれていない。これは、当の博文がのちに他人にこの時の気持ちを語っていなくて、伝聞できていなのであろう。

そりゃあ、びびったのではないだろうか?

伊藤は英国の文明の進歩と国力が強大であるのに感服し、すぐに攘夷の考えを捨てた。 伊藤之雄、『伊藤博文』

おいらは9月にロンドンに行ったとき、仕事先の窓からふと遠目に見えた↓

 

遠くからみても、こんなにゴシックぎんぎんとは思ってもいなかった。 おいらも少しびびった。

夕方、仕事帰りに参拝した;

こういうのは、田舎者をびびらせて、屈服させようとする意図が満々である。

でも、虚仮脅し(こけおどし)なんじゃないかぁ!?

同様なものを見た記憶がよみがえった。 スターリン・ゴシック (⇒wiki);


  2010年のモスクワ参りにての画像
 

ゴシックは虚仮脅し(こけおどし)の香り。 びびったおいらが情けない。