イタグレと暮らす戌年男のブログ

 イタリアングレーハウンド(イタグレ)と過ごす中で、家族、趣味、出来事についての感想などを書きたいです。
 

柏崎市田尻工業団地の歴史

2018-06-15 20:14:48 | Weblog
 柏崎市にある富士ゼロックスの子会社が、来年3月で閉鎖という記事が出ています。
 毎日新聞のwebには、
 『従業員約420人のうち、正社員260人は主に海老名工場に配置転換され、契約・派遣社員約160人は来年3月末で契約を打ち切られる』と書いてあります。

 どこにあるのか調べてみたら、田尻工業団地でした。
 富士ゼロックスマニファクチュアリング新潟事業所。
 HPを見ると、主な生産品がレーザープリンターとなっています。

 場所はよくわかります。柏崎市に住んでいたときには、通勤ランで通るコース沿い。
 休日にも、よく走ったコースです。

 田尻工業団地ができたのはいつなのか、柏崎市史をみると、1984年に造成が進んで、1985年には進出企業13社が契約締結しています。

 富士ゼロックスがいつから入ったのかはわかりません。

 私が柏崎市にいた頃、ちょうど造成から最初の企業が入ったくらいの時期。
 降雪時の吹きだまりに要注意、そんな道だったことも思い出されます。

 NECが一番目立っていたようにも思いますが、すでに閉じてしまい、働いていた人たちは米沢に移ったりしたのを覚えています。

 と思って調べてみたら、柏崎日報に関連記事がありました。
 『新潟日本電気を富士ゼロックスに譲渡』
 2001年4月27日の記事でした。
 なるほど、地図で見たら、NECのあった場所に近いと思ったのは当然で、そこを引き継いだんだ。

 この時期の発表で、来年3月ということなら、ある程度考える時間もあって、対応できるということかもしれませんが、家族で引っ越すのは無理とか、逆に単身赴任は無理とか、いろいろ困る話が出てくるのは、NEC等工場閉鎖の時と同じことではないかと思います。

 80年代、あんなに期待されてできたのに…という思いあります。工業団地のこと。
 続報があるかもしれないので、注目します。


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