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自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

社会的起業の背景と問題

2010年07月22日 | ビジネス&社会起業
(財)商工総合研究所刊行の 『商工金融』2010年(平成)22年7月号[第60巻7号]論壇「社会的起業の背景と問題」に寄稿しました。以下テキストです。

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『社会的起業の背景と問題』

 近年、社会的起業(Social Entrepreneurship)や社会的企業(Social Enterprise)に注目が集まっている。筆者は、NPO国際的社会起業サポートセンターや内閣府の社会イノベーション研究ワーキンググループ委員(2008~2009年)として、これらのキーワード界隈で活動しているが、これらをテーマとするシンポジウムやセミナーはどこも大入り満員の状態が続いている。

 とくに若い世代の中で、この領域についての関心が急激に高まっている。社会的起業・企業は、スモールビジネスや起業の動向を分析、予測する上で、今後重要な切り口になるだろう。さて、筆者は、社会起業家とは、「社会の問題を見つけて定義し、新規性の強い事業アイデアを繰り出して持続的に取り組み、その事業を普及させ、社会に大きなインパクトを与えるような変革の担い手」と定義している。そのような担い手によって広い範囲で社会に普及し、インパクトをもたらす変革が「社会イノベーション」である。

 たしかに社会的起業はブームの感なきにしもあらずだ。しかし、このブームの背後に潜んでいる構造的な変化にこそ注目すべきである。ここでは3つの構造変化に注目してみよう。

(1)広義の「ケア」を必要とする人口の急増
 筆者は、医療、保健、看護、福祉という専門職のみならず、コミュニティの人々がお互いにやり取りして共有する信頼関係、支えあい、絆、支援も含めて広義の「ケア」と呼んでいる。日本全体に占める「子供+老人」の割合は、1990年から2000年を底にして「ほぼきれいなU字カーブ」を描く。

 戦後、出生率の低下により「子供+老人」の割合は減り続けていたが、1990年代を境に高齢化の勢いが上回り、「子供+老人」の割合は増勢に転じた。戦後から高度成長期を経て最近までは、一貫して地域とのかかわりが薄い人々(生産年齢人口)が増え続けた時代であり、それが現在は、逆に地域とのかかわりが強い人々(子供+老人)が一貫した増加期に入る、その入口の時代なのである(注)。  

 さらに注目すべきは、共同体としての家庭や企業が薄弱なものとなり、拠って立つ共同体から排除され、どこにも帰属しない、ないしは所属できない人々が増大している。これは、「失業」「低所得」「住宅難」「ニート」「非正規雇用者」「格差社会」「健康格差」「家庭崩壊」「無縁社会」などの社会的な問題を引き起こしている。これらの問題解決に共通するコンセプトは「ケア」である。

(2)新しい公共
 公共セクターによる解決を待ちながらも、公共セクターが解決できない、あるいは解決しようとしない社会的問題の幅は拡がりつつある。たとえば、保健・医療・福祉、街づくり、環境保全、自然保護、森林保全、過疎対策、農村活性化、教育、能力開発、セーフティーネット、地域経済活性化、消費者保護、雇用支援、弱者救済、障害者支援、貧困対策、災害救援、人権擁護、男女共同参画、科学技術振興、地域安全、国際協力…など、多種多様なテーマが広がっている。

 旧来型の公共セクターが逼迫する財政のもとで、これらの社会的問題を解決するためにソリューションをデザインし、提供するのは容易なことではない。本来は公共によってなされてきたパブリックな問題に対するソリューションの提供元として社会起業家が注目されているのである。

 新しい公共の問題解決を、従来型の公共が担当するのではなく、市民セクター、NGO、NPOなどの手に委ねてゆこうとする動きが先進国では顕著である。イギリスにおけるPublic Interest Companyや韓国の「社会的事業法」の施行は、これらの動向の現れである。この領域で日本より先をゆく韓国の「社会的事業法」は「社会的企業を支援して、わが社会に十分に供給されていない社会サービスを拡充し、新しい就労を創出することにより、社会統合と国民の生活の質の向上に寄与すること」を目的としている。

(3)新しい社会的サービス
 社会起業家が取り組む社会的ビジネスの圧倒的な中心はサービスである。OECD各国のGDPに対するサービスセクターが生む出す付加価値比率は増大しており、日本でもGDPの70パーセントがサービスセクターに依存するようになっている。

 このようなトレンドを受けて、社会起業のビジネスモデルが提供するものは、製品・商品というより、断然サービスが中心である。経済エンジンの主題は、「モノ」→「エネルギー」→「情報」→「サービス」と遷移してきており、新規に創業する社会起業家が活躍するのは社会的サービスの領域である。

 以上3つの構造的な変化を概観したが、筆者は社会起業・企業には、サービスが中心であるがゆえの問題が内在していると見たてている。それは端的に言えば、労働生産性の低さである。社会的サービスに限らず、わが国のサービス業の労働生産性は製造業の労働生産性と比較すると、明らかに低い。

 2008年度「通商白書」 によれば、わが国では製造業の労働生産性を1 としたときにサービス業のそれは0.616 。同様の比率は、アメリカ0.919、イギリス0.760、ドイツ0.938、フランス0.974 にとどまっている。この傾向が社会的起業によって創発される社会的サービスに埋め込まれるとしたら、安かろう、悪かろう、ばかりではなく、社会的なサービスの継続性さえもが危ぶまれる事態になりかねない。

 それゆえに、社会的な問題解決を図る社会起業において、公的な支援策以上に、労働生産性を上げるべく社会的ソリューションの多地域展開、システム化、ファイナンスといったビジネス戦略こそが鍵を握るのである。社会起業家が展開するソーシャル・ビジネスは、ビジネスの戦略的基盤が確立されて初めて、社会的存在になるのである。社会起業家はビジネス感覚が試されるのである。

(注)引用: 広井 良典 :「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」.筑摩書房.2009


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