「Gラボ」というアイドル芸能ニュースに「20か国以上で報道される」と書かれていた。南アフリカ、フランス、ベトナム、カナダ、ノルウェー、スペイン、中国、シンガポールなどのメディアだった。 日本の特異な文化に関心をよせたのだろう。
英紙テレグラフは「女性が男女関係を持つことで罰せられた。このような行為での処罰は2013年までに、歴史(の本)の記憶でしかなくなったと考えるのが妥当だ」と述べ、AKB幹部を暗に批判している。そこまで峯岸さんを追い詰めたという意味だろう。
グローブ・アンド・メール紙(カナダ)、ニュー・エイジ紙(南アフリカ)、ストレートタイムズ(シンガポール)は事実関係だけを載せている。ブラジルの「ミュージック」やスペインの「ラ・ボス・デ・ガリシア」は事実関係を掲載している。 事実を掲載することで日本人の特異体質を紹介する。ベトナム語、フランス語は理解できなので内容はわからない。
英国のBBC、ロンドン・タイムズ、テレグラフ、ガーディアンが問題にするのは、峯岸さんへの「処罰」だ。AKB幹部がなぜ峯岸さんを訳の分からない自分らだけを満足させるためにつくった規則に基づいて“処罰”(Demotion<降格>)したかに最も大きな関心をよせている。なぜか?英国人にとっては「民主主義と自由」という根幹の問題に触れると考えるからだ。
テレグラフは「多くのツイッタ―は峯岸さんを擁護している。成人女性(峯岸さん)は何も悪いことはしていない。ごく普通の人生を送っているのだ」と記す。また評論家の東浩紀氏はテレグラフ紙などで「峯岸さんが幹部の暗黙の圧力から自らの意思を曲げてまでして中世の手段に訴えたことはむかつくほど不愉快だ。ごく普通のロマンスではないのか」と話している。テレグラフはツイッタ―と東氏の言葉を利用して、同紙の見解を世界に発信した。
BBCも東氏の言葉を引用した。また「峯岸さんの公での謝罪は行き過ぎている。必要なかった」と、AKB48のファンの言葉を放送した。「峯岸さんの公での謝罪で重要な点は、戦争のイメージを彷彿とさせ、なにか全体主義国家を連想させることだ」。BBCはサイト「ツイッタ―」に掲載したファンの話を英国民に放送した。
ロンドン・タイムズも“峯岸事件”を報道した。その中で「とても軽率で自覚のない行動」(Thoughtless and immature)を問題にする。峯岸さんは謝罪会見で「2005年に結成されたAKB48の第1期生として、後輩のお手本になるような行動を常にとらないといけない立場なのに、今回私がしてしまったことはとても軽率で自覚のない行動だったと思います」と言っている。
ロンドン・タイムズもガーディアンも峯岸さんの男女関係は「“”」をつけて、軽率でも自覚のない行動ではないと示唆している。どうも日本民族は形式主義で「後輩のお手本になるような行動を常にとらないといけない立場」という考えを持つらしい。場所が変われば「良いこと」と受け取られる場合もあり、一概に否定はできない。ただ今回のケースは当てはまらないと思う。「恋愛」は太古の昔からの人間絵巻だ。
英国大衆紙「メイル」もこの“事件”を掲載したところから判断すれば、英国人は日本人の特異性(英国人から見た見解)に関心を示したと推察できる。日本人を、まだ「民主主義と自由」を理解していない民族だと考えただろう。
「そして肝心の秋Pはだんまり」「日本の恥は秋元豚」など、秋元氏に対する口汚い批判がサイト上で散見される。秋元氏は世界に自らの見解を発信する責任がある。「だんまり」なら、世界は秋元氏が有能な放送作家であり、大学の教育者であっても、それを認めないだろう。
追記 AKB公式サイトで、「峯岸みなみメッセージ映像 配信終了時間のお知らせ」を流した。AKB48グループ総支配人の戸賀崎智信氏が次のようなメッセージを寄せている。「本日、2月2日(土)の大握手会において、峯岸みなみより、改めて来場のファンの皆さまの前で、今回の件につきまして謝罪をさせていただきました。ファンの皆さまの暖かい拍手に包まれ、峯岸の反省とAKB48への思いは、峯岸自身の言葉できちんとファンの皆さまにもお伝えできたのではないか、と思います。・・・ 今回の件につきましては、改めて猛省を促すと共に、今後、ファンの皆さまからの信頼を回復し得るまで、峯岸自身の謝罪の念が消えることはないと思いますが、ファンの皆さまにおかれましては、今後とも、峯岸みなみ、およびAKB48の応援をよろしくお願い申し上げます」
戸賀崎氏は何に対して謝罪しているのか。筆者は理解できない。「皆さんにご迷惑をかけたこと」「ルールに違反したこと」なのだろうか。「信頼を回復」とは何か。理解できない。彼が意図する、外国人に理解不能な「私的ルール違反」に対する「信頼の回復」はできるだろうか。こんな発言では世界に対する信頼回復はほど遠い。日本の芸能界はわけのわからない世界だ。少なくとも筆者にとってはそう感じる。
英紙テレグラフは「女性が男女関係を持つことで罰せられた。このような行為での処罰は2013年までに、歴史(の本)の記憶でしかなくなったと考えるのが妥当だ」と述べ、AKB幹部を暗に批判している。そこまで峯岸さんを追い詰めたという意味だろう。
グローブ・アンド・メール紙(カナダ)、ニュー・エイジ紙(南アフリカ)、ストレートタイムズ(シンガポール)は事実関係だけを載せている。ブラジルの「ミュージック」やスペインの「ラ・ボス・デ・ガリシア」は事実関係を掲載している。 事実を掲載することで日本人の特異体質を紹介する。ベトナム語、フランス語は理解できなので内容はわからない。
英国のBBC、ロンドン・タイムズ、テレグラフ、ガーディアンが問題にするのは、峯岸さんへの「処罰」だ。AKB幹部がなぜ峯岸さんを訳の分からない自分らだけを満足させるためにつくった規則に基づいて“処罰”(Demotion<降格>)したかに最も大きな関心をよせている。なぜか?英国人にとっては「民主主義と自由」という根幹の問題に触れると考えるからだ。
テレグラフは「多くのツイッタ―は峯岸さんを擁護している。成人女性(峯岸さん)は何も悪いことはしていない。ごく普通の人生を送っているのだ」と記す。また評論家の東浩紀氏はテレグラフ紙などで「峯岸さんが幹部の暗黙の圧力から自らの意思を曲げてまでして中世の手段に訴えたことはむかつくほど不愉快だ。ごく普通のロマンスではないのか」と話している。テレグラフはツイッタ―と東氏の言葉を利用して、同紙の見解を世界に発信した。
BBCも東氏の言葉を引用した。また「峯岸さんの公での謝罪は行き過ぎている。必要なかった」と、AKB48のファンの言葉を放送した。「峯岸さんの公での謝罪で重要な点は、戦争のイメージを彷彿とさせ、なにか全体主義国家を連想させることだ」。BBCはサイト「ツイッタ―」に掲載したファンの話を英国民に放送した。
ロンドン・タイムズも“峯岸事件”を報道した。その中で「とても軽率で自覚のない行動」(Thoughtless and immature)を問題にする。峯岸さんは謝罪会見で「2005年に結成されたAKB48の第1期生として、後輩のお手本になるような行動を常にとらないといけない立場なのに、今回私がしてしまったことはとても軽率で自覚のない行動だったと思います」と言っている。
ロンドン・タイムズもガーディアンも峯岸さんの男女関係は「“”」をつけて、軽率でも自覚のない行動ではないと示唆している。どうも日本民族は形式主義で「後輩のお手本になるような行動を常にとらないといけない立場」という考えを持つらしい。場所が変われば「良いこと」と受け取られる場合もあり、一概に否定はできない。ただ今回のケースは当てはまらないと思う。「恋愛」は太古の昔からの人間絵巻だ。
英国大衆紙「メイル」もこの“事件”を掲載したところから判断すれば、英国人は日本人の特異性(英国人から見た見解)に関心を示したと推察できる。日本人を、まだ「民主主義と自由」を理解していない民族だと考えただろう。
「そして肝心の秋Pはだんまり」「日本の恥は秋元豚」など、秋元氏に対する口汚い批判がサイト上で散見される。秋元氏は世界に自らの見解を発信する責任がある。「だんまり」なら、世界は秋元氏が有能な放送作家であり、大学の教育者であっても、それを認めないだろう。
追記 AKB公式サイトで、「峯岸みなみメッセージ映像 配信終了時間のお知らせ」を流した。AKB48グループ総支配人の戸賀崎智信氏が次のようなメッセージを寄せている。「本日、2月2日(土)の大握手会において、峯岸みなみより、改めて来場のファンの皆さまの前で、今回の件につきまして謝罪をさせていただきました。ファンの皆さまの暖かい拍手に包まれ、峯岸の反省とAKB48への思いは、峯岸自身の言葉できちんとファンの皆さまにもお伝えできたのではないか、と思います。・・・ 今回の件につきましては、改めて猛省を促すと共に、今後、ファンの皆さまからの信頼を回復し得るまで、峯岸自身の謝罪の念が消えることはないと思いますが、ファンの皆さまにおかれましては、今後とも、峯岸みなみ、およびAKB48の応援をよろしくお願い申し上げます」
戸賀崎氏は何に対して謝罪しているのか。筆者は理解できない。「皆さんにご迷惑をかけたこと」「ルールに違反したこと」なのだろうか。「信頼を回復」とは何か。理解できない。彼が意図する、外国人に理解不能な「私的ルール違反」に対する「信頼の回復」はできるだろうか。こんな発言では世界に対する信頼回復はほど遠い。日本の芸能界はわけのわからない世界だ。少なくとも筆者にとってはそう感じる。