村井俊哉著『統合失調症』(岩波新書(新赤版)1801、2019年10月18日岩波書店発行)を読んだ。
このところ図書館が閉館で読む本がない。数年ぶりに本屋さんに行き、ぶらぶらと読む本を探した。コロナ関連の本ばかりが目立つ。ネットでいろいろな観点から検索している身としては、ただただ本屋の中を徘徊してもこれという本に出合わない。昔は、本が私を呼んでいて、これだという本に出合えたものだが。
ということで、多少ややこしくて、読むのに時間がかかるこの本を選んだ。面倒になって「えいや!」である。
岩波新書編集部による「『統合失調症』の執筆に際し考えたこと(新書余滴)」で著者はこう語っている。
新書『統合失調症』で強調したように、この病気は100人に1人近くの人が患う「普通の病気」である。家族や友人がこの病気を患う可能性も考えると、誰にとっても他人事ではないはずである。ところが、メディアは(ということは、一般市民は)「統合失調症」という病気に何となく蓋をして、こういう病気を持つ人が私たちの周りにはいないかのごとく生活しているのである。
- 天才と統合失調症は関係ない。ゲームの理論のジョン・ナッシュは統合失調症になる前に成果を上げた。統合失調症になると集中力がなくなるなど深い思考は困難になる。
- 精神障害者の犯罪率は一般より低いが、暴力的犯罪は若干高い。
- 『精神病』という言葉は、『幻覚』や『妄想』を伴う特定の症状を指す言葉で、双極性障害(躁うつ病)などは含まれず、精神障害一般ではない。
- 統合失調症の原因についてはほとんど何も分かっていないが、効果ある治療薬は開発されている。
- 双極性障害に比べ治りにくい病だが、著者は、病との共生も含めて、回復は50%と述べている。
- 親兄弟に統合失調症を持つ人の相対リスクは約10倍と遺伝の影響はある。しかし、統合失調症の生涯有病率は1%未満なので、10倍でも生涯有病率は10%に過ぎない。
村井俊哉(むらい・としや)
1966年、大阪府生まれ。1998年京都大学大学院医学研究科修了(医学博士)。マックスプランク認知神経科学研究所を経て、京都大学大学院医学研究科教授。専門は精神医学
著作『精神医学の実在と虚構』『精神医学を視る「方法」』『精神医学の概念デバイス』
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
統合失調症は、精神分裂病と呼ばれていた時代から、わけのわからない不気味な病気としておそれられ、それでいて怖いもの見たさでいい加減な都市伝説が流布していたと思う。
一般人も統合失調症とは何かを学ぶべきだ。そのためにこの本は、バランスがとれていて、わかりやすく、最適だ。さまざまに現れる多くの症状など詳しすぎる説明の部分もあるが、突き詰めて読まず、大意をくみ取ればよい。
定性的説明にとどまらず、大雑把に、可能かなぎり数値をあげて定量的に説明している点は好感が持てる。
私のメモ
- 病気の始まりがピークとなる年齢層は20歳代前半。小学生以前は極めて低い。40歳なら既に始まる確率は低い(ピーク年齢の1/7程度)。
- 統合失調症は100人に一人がかかる普通の病気。統合失調症が天才を生み出すわけではなく、逆に天才的な才能を持った人が患う病気でもない。慢性疾患の一つで十分回復が得られない場合でもうまく付き合いながら生活していける。
- 実例 クラスの同級生の話し声が自分のことを言っているのではないかと気になりだした。3か月後、家にいても数名の人が自分の行動についてひそひそはなしているような声が聞こえるようになった。さらに3か月後、だんだん頻繁になり、自分のことが皆に知れ渡っていて、例えばTVでも自分のことを言っているような気がするようになった。
- 精神科病院への入院:多くの場合は、任意入院だが、本人の意に反する入院(医療保護入院、措置入院)も行われる。これは、統合失調症では、本人が見ている世界と現実の世界の乖離が起こるからだ。
- 統合失調症という病名は、ほぼ、幻覚、妄想、陰性症状、気分症状、認知機能障害などの症状の集まりで定義されている。
- 幻聴は人の声が多く、自分自身を非難したり攻撃したりしてくるものが多い。
- 病識:自分が病気であること、あるいは、自分の症状が病気の症状であることへの気付き。統合失調症では、幻覚への病識が保たれていないことが多い。アルコール依存症の人も医者が大げさなどと自分の病気を否認するが、心の奥では自分の健康に不安を抱えている。一方、脳内にマイクロチップがあると確信し訴える統合失調症の人はマイクロチップの方に不安を抱えている。
- 妄想には、自分は高貴な家系の子孫であるといった血統妄想や、自分は画期的な発明をしたといった誇大妄想が見られることもある。
- 精神科が扱う病気の総称は「精神障害」や「精神疾患」で、「精神病」という言葉は病名ではなく幻覚や妄想という特定の症状をさす言葉だ。英語のpsychosis の訳語が「精神病」で、「精神障害」などへ改訂が図られている。
- 「セイリエンス仮説」:ドパミン神経系は外界の刺激の中から重要なものだけに注意を向けさせるが、過剰になると妄想が生じる。その刺激の目立ちやすさがセイリエンス(Salience、顕著性)。そして、ドパミンを抑える薬が統合失調症によく効くことから、有力な仮説である。しかし、なぜ主に20歳代前半に幻覚・妄想がしょうじるのかは説明できない。
- 統合失調症の予後:精神科医の間では「3分の1の法則」とささやかれている(完治する人、何回もエピソードを繰り返し、その間は回復している人、だんだん悪くなる人が3分の1づつ)。病と共生していく「もうひとつのリカバリー」を含め、著者は回復は50%と患者さんへ言っている。
- 「旧神経症」は不安を主たる症状とし、「統合失調症」は幻覚・妄想を主たる症状とする差がある。
- 統合失調症には地域差はない。ストレスの多い国、少ない国も関係ない。人口10万人中の自殺率は日本は5、ブラジルは6.5。
- 遺伝の影響:第一度近親(親兄弟)に統合失調症を持つ人の相対リスクは約10倍。しかし、統合失調症の生涯有病率は1%未満なので、生涯有病率は10%となる。
- ドパミン拮抗薬:ドパミン受容体に蓋をするように結合し、情報伝達を弱める。
- 電気けいれん療法:かっての怪しい治療法。うつ病に効果があるが、統合失調症の一部の人にも効果的。
- ヤスパースの唱える妄想の3要素は、①その内容がありえないこと、②非常に強い確信、③訂正不能であること。現実には患者はときに疑うこともあるし、あり得ないと思われたことが起こることもあり、難しい。さらに、宗教などサブカルチャー内ではあり得ない事が起こっても妄想とはしないなど、宗教的信念と妄想の違いも難しい