浅田次郎『母の待つ里』(2022年1月25日新潮社発行)を読んだ。
男は東北のとある駅に降り立った。大手食品会社の社長として東京で多忙な日々を過ごす彼は、上京して以来、じつに40数年ぶりに故郷を目指すのだ。
実家ではすっかり腰の曲がった86歳の母・ちよが、彼の親不孝を責めもせず、温かく迎えてくれた。父亡きあと一人で家を守ってきた母は、囲炉裏端に心づくしの手料理を並べ、薪で風呂を沸かし、寝物語に神隠しにあった村の娘の話を聞かせてくれた。「母は、自分の息子も神隠しにあって帰ってこないのだと考えて自らを納得させていたのだろうか」。布団の中で男はこれまでの人生を振り返る……。
しかし、彼はこの慈愛に満ちた〈母〉が本当は誰なのかを知らない。ただ、ここが「ふるさと」であることだけは知っている――。
物語は〈母〉のもとに足を運ぶ還暦世代の男女3人の視点で進んでいく。彼らをそこへ導いたものは? そして帰る場所を持たない彼らが見つける「ふるさと」とは?
それぞれの家庭、仕事、来し方、迷いや疑いをリアルに、時にユーモラスに綴りながら、次なる人生の道しるべを見出していく姿を描く。
松永徹:有名加工食品最大手企業の社長。不祥事で上層部が辞任した時、実直で清廉な松永が押し出され、やがて社長になった。独身のままで、親も故郷も捨てた。年会費45万円の高級カード会社からの「ふるさとを、あなたへ」との一泊二日50万円のサービスに乗り、魅了されて、学生時代からの友人の秋山に心配される。
室田精一:有名製薬会社の営業部長から閑職の流通センター長となり、定年となった。同時に32年連れ添った妻・怜子は突然離婚して去った。「ふるさと」への招待を受けて気に入って、墓を移すことにする。妹の小林雅美は驚いて怒鳴り込む。
古賀夏生(なつお):循環器内科の女医。60歳まで看護師として働いて育ててくれた母を看取った直後に「ふるさと」を訪問。独身のまま懸命に働き、60歳を目前に、今後はアルバイト医師として緩やかに働こうと考えるようになった。
ホームタウン・サービスという大掛かりな嘘を支えているのは、演出や大道具ばかりではなく、いやそれらの何にもまして、この老婆の真心にちがいなかった。
ちよ:「ふるさと」の曲がり家にひとり住む86歳の老女。手料理を作って、地元の方言であふれる母性で温かく迎える。「何があっても、母(かがめ)はお前(め)の味方だがらの」。
吉野知子:ユナイテッド・ホームタウン・サービスの受付女性担当者。実は…。
初出:「小説新潮」2020年3月号~2021年2月号
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで、最大は五つ星)
ふるさとに帰って来たのに、地理も解らず、話しかけてくる久しぶりの友もわからない。なぜだか疑問が膨らむまま話は進み、母の名前も思い出さない。なぜの疑問はすぐに解決されるのだが、ここではネタバレしないので、これ以上は書けない。
考えにくいサービスも、筆者の筆力でいかにもありうるように感じてしまうのだが、ときどきふと我に返り、違和感を覚える。
同じような例が3回続くので、少々ダレル。
目次
1 松永徹氏の場合/2 室田精一氏の場合/3 親友の忠告/4 妹の助言/5 古賀夏生博士の場合/6 花筏/7 憂鬱な月曜日/8 青梅雨/9 蛍/10 無為徒食/11 神の立つ日/12 満月の夜/13 返り花/14 忘れ雪
難読漢字(ふりがなあり)
午下り(ひるさがり)/中(あた)りとも言えない/手庇(てびさし)/矍鑠(かくしゃく)/耳を欹(そばだ)て/馥郁(ふくいく)たる香気/夜の黙(しじま)/山家(やまが)/塒(ねぐら)/覿面(てきめん)