カルヴィン・トムキンズ著、青山南訳『優雅な生活が最高の復讐である』(1984年リブロポート発行)を読んだ。
原題は、”Living Well Is the Revenge” で、スペインのことわざ。もともとの意味は、「復讐なんかせずに自分らしく豊かに暮らしたら」という意味だろう。この本では、「現実は辛いことが多いのだが、乗り越えようとするには優雅に暮らすことだ」くらいの意味。
スコット・フィッツジェラルドの『夜はやさし』"Tender is the Night"の主人公であるダイバー夫妻のモデルとなったマーフィー夫妻ついて、インタビューなどをもとに書かれた本。
1920年代の好景気に、ヨーロッパで暮らしたアメリカ人上流階級のマーフィー夫妻の優雅な生活が語られる。囲む人は著名人。フィッツジェラルド夫妻の外に、アーネスト・ヘミングウェイ、ピカソ、レジェ、コール・ポーターなど。
それでも、マーフィーは、二人の子供を亡くし、父親の会社を継いだ兄が破産寸前にして、心ならずも再建携わり22年を費やした。
「(たいへんな)現実は無視するってことかい」とスコット・フィッツジェラルドが聞くと、マーフィーは答えた。
「無視はしないが、そういうことを過大視する気にはなれない。大事なのは、なにをするかじゃなくて、なにに心を傾けるかだとおもっている。」
マーフィー夫婦はフィッツジェラルドの有為転変の晩年にも手を差し伸ばし続けた。貸した金を彼が返済してきたときには、マーフィーは「きみに重荷を負わせたと思うよりは、きみに奉仕したと思っていたい。返そうなんて考えはどうか捨ててください」と手紙を書いた。フィッツジェラルドは1940年にマーフィーに手紙を書いた。
「きみとセーラの援助が・・・・・・この世で唯一のうれしい人間らしい出来事だったと思うことがよくありました。人は通りすぎて、ぼくを忘れていく、と生意気にも考えていたのですから」。
数か月後、二人はかれの葬儀に参列した。
2組の夫婦が出会ったとき、既にフィッツジェラルド夫妻の自壊衝動は始まっていた。妻・ゼルダは言った。
「知らなかったの? あたしたち、なにかを守るなんてこと、てんから信じちゃいないのよ」
やがて、ゼルダの統合失調症はひどくなっていく。
この本の中ほどには、マーフィー夫婦と、ピカソ、コール・ポーター、ヘミングウェイ、ルドルフ・ヴァレンチノ、フィッツジェラルド夫妻などと交流する写真が25ページも並ぶ。
この本の装丁は、かなり変わっている。まず、紙がピンク色の粗いわら半紙状で、字が鮮明でない。おまけに、本文中のタイトル、目次、注釈の字が極小。測ると1mm角。変わったブックデザインの「伝説本」で、1600円の単行本が今数千円するらしい。図書館様様だ。もっとも今は新潮社から文庫本が出版されているのだが。
スコット・フィッツジェラルド著の『夜はやさし』は、前半ではマーフィー夫婦をモデルに書いているが、後半の自己破壊的なところはフィッツジェラルド夫婦に置き換わっているらしい。(私は未読)
私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)
アメリカの文化的金持ちがヨーロッパで優雅に暮らしている様子が書かれていて、多少の興味はあるのだが、縁のない話にうんざりしてきて、飛ばし読みしてしまった。でも、
そりゃ辛いこともあったとは思うが、主人公のマーフィーは親の遺産によるものすごい金持ち。そりゃ優雅に暮らせますは! 悪くとれば、センスだけはある金持ちが芸術家と遊び暮らした記録に過ぎない。マーフィー自身は「作品としての生活」というのだが。
カルヴィン・トムキンズ Calvin Tomkins
1925年、ニュー・ジャージー州生れ。1948年、プリンストン大学卒業。
雑誌「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターとして活躍し、主にアート関係の文章を手がける
青山南
1949年、福島県生れ。早大卒。主にアメリカ小説の翻訳と紹介にたずさわる。エッセイストでもある。
著書『ホテル・カリフォルニア以後』、訳書、ドス・パソス『さればスペイン』、ゼルダ・フィッツジェラルド『こわれる』など。