松浦寿輝著『花腐し(はなくたし)』2000年8月講談社発行、を読んだ。
平成12年度上期の芥川賞受賞作「花腐し」と、受賞後第1作の「ひたひた」の2編が収められている。
「花腐し」
同棲していた女性を事故で亡くした事を10数年も引きずっている中年男栩谷(くれたに)が主人公で、場所はコリアンタウン新宿・大久保の場末。彼は友人に経理を任していたデザイン事務所が倒産寸前とわかり、莫大な借金を抱える。借金主から頼まれてボロアパートに居座る伊関に立ち退きを迫る。
栩谷は、幻覚を生むキノコを栽培しネットで売っている伊関と、人生の下り坂同士で酒を飲む仲になってしまう。
そうか、とだけ呟いて黙ってしまった俺の冷たさに祥子はきっとひどく傷ついたのだ。あの「そうか」、一つをきっかけに俺たちの関係は腐りはじめたのだ。腐って、腐って、そして祥子は死んで、俺の方もとうとうこんなどんづまりまで来てしまったということなのだ。
「40代も後半に差し掛かって、多かれ少なかれ腐りかけていない男なんているものか。とにかく俺の会社は腐ったね。すっかり腐っちまった」「いやらしいにおいをたてて」
伊関が呟く。「ウツギの花も腐らせるってね。さみだれっていうか、今日みたいな雨のことを言うんだろ。春されば卯の花腐し・・・って、万葉集にさ」
「40代も後半に差し掛かって、多かれ少なかれ腐りかけていない男なんているものか。とにかく俺の会社は腐ったね。すっかり腐っちまった」「いやらしいにおいをたてて」
伊関が呟く。「ウツギの花も腐らせるってね。さみだれっていうか、今日みたいな雨のことを言うんだろ。春されば卯の花腐し・・・って、万葉集にさ」
「ひたひたと」
埋立地でかっての遊廓、洲崎を、少年時代の記憶をたどりながらカメラマンの榎田は歩く。いつの間にか少年に戻り、さらに娼婦ナミと暮らすトラック運転手になっている。
初出:「群像」2000年5月号
本作品は、講談社により文庫化されている。
松浦寿輝(まつうら・ひさき)
1954年東京都出身。小説家・詩人で東大のフランス語教授。
1996年『折口信夫論』で三島由紀夫賞
2000年『知の庭園』で芸術選奨、『花腐し』で芥川賞
2005年『あやめ 鰈 ひかがみ』で木山捷平文学賞、『半島』で読売文学賞/小説賞
2009年『吃水都市』で萩原朔太郎賞受賞。
その他『川の光』など。
私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
全体としては古風で、なぜ芥川賞なのか分からない。よく雰囲気を出しているといえば言えるし、好きな人も中にはいるのだろうが。
けだるく、やるせなさが横溢する。場所が、コリアンタウンの場末のボロアパートや、運河の堤防脇のかって遊郭だったさびれた町。主人公はしがない中年男。ただ、チラッと登場する女性は悲しい運命だが、やさしい心の持ち主でちょっと救われる。
なぜ、主人公の名前が、「栩谷(くれたに)」という聞きなれない名前なのだろうか? そもそも「栩」という字を私は知らなかった。辞書で調べると、「栩」はブナ科のクヌギの意味とある。「栩栩然」(くくぜん)とは、「ふわふわするさま」とにあり、このあたりから名付けたのか??