核のごみ、戸惑う港町 処分場調査へ応募検討の北海道・寿都ルポ

2020-08-26 09:10:21 | 桜ヶ丘9条の会

核のごみ、戸惑う港町 処分場調査へ応募検討の北海道・寿都ルポ

2020年8月26日 中日新聞 

 寿都(すっつ)町。北海道西部の日本海に面した人口2900人の小さな港町が揺れている。原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定に向けた文献調査に手を挙げることを検討していると分かったからだ。どんな町なのか。大騒ぎになると分かっていながら、なぜ核のごみに関わろうというのか。町を歩いた。 (大野孝志)

 「こんな町の目の前でホッケを取れる所なんて、他にあるか?」。漁師一戸(いちのへ)貴光さん(37)が、寿都湾を見ながら胸を張る。地元の沿岸定置網でのホッケの漁獲高は、十年ほど前に日本一になった。だが、一戸さんの笑顔は「核のごみ」の話になると一瞬で曇る。「町からまだなんの説明もない。訳が分からん。日本全体の問題だとは思うけどさ」
 今月十三日、核のごみの最終処分場選定に向けた第一段階に当たる文献調査に、町が応募を検討していることが明らかになった。国が二〇一七年に処分場の適地を示した「科学的特性マップ」を公表して以来、応募を検討している自治体名が挙がったのは初めて。一七年以前では、高知県東洋町が〇七年に調査に応募し、町民の激しい反対で取り下げている。
 今回の寿都町の動きにも、周辺の自治体や道、漁協などが反発。共同通信によると、全町議九人のうち七人が二十五日までに取材に応じ、三人が反対を明らかにし、賛成、検討中がそれぞれ二人いた。町役場には苦情や批判の電話が相次いでいる。
 町内では二十〜三十代の水産加工業者ら八人が急きょ、応募に反対する署名活動を始めた。うち一人の男性が言う。「小さな町だから、あまり騒ぐと、後で人間関係がぐちゃぐちゃになる。ちょっと、様子を見ながら、ですね」
 東京から見ると、北に約八百キロ。飛行機、電車、バスを乗り継いで七時間近くかかる。首都圏の人にはなじみの薄い「小さな町」の歩みを振り返る。
 町の資料によると、寿都の語源はアイヌ民族語の「シュプキ ペツ(カヤの多い川)」。「スッツ」になまり、漢字を当てた。十五世紀には本土からの住民が定着し、一六〇〇年代にはアイヌとの商いの場となっていた。
 江戸時代以降の繁栄を支えたのは北前船。日本海経由で大阪と結ばれた。ニシンが豊富に取れたことから、水産物の港町として発展した。百年前には、現在のJR函館線につながる寿都鉄道が開業。昭和四十年代に経営に行き詰まり、バス路線となっている。
 産業といえば、今も漁業と水産加工業。寿都湾ではホッケのほか、サケ、ウニが取れ、カキやホタテを養殖している。地元で「シラス」と呼ぶ小女子(こうなご)は水揚げすると町内の加工場に運び、町を代表する「生炊きしらすつくだ煮」に加工。観光客でにぎわう「道の駅」などに並ぶ。
 町を代表するものが、もう一つ。風だ。「風のふるさと」と書かれた交通安全ののぼりがはためく。太平洋側から黒松内(くろまつない)低地帯を日本海側に吹き抜け、山から海に吹いて船を出すので「だし風」と呼ばれる。冬の北西からの風も強い。雪は「下から降る」と言われるほど風にあおられる。そのため、場所によってはあまり積もらない。
 その風を活用しようと、湾の岸辺には、一九八九年に完成した国内初の町営の風力発電所の風車は、現在十一基並び、勢いよく回る。町は風で得た電気を関西電力に売り、年間七億円の収入を得ている。さらに、海産物を返礼品にしたふるさと納税で十億円の収入があり、二億円の町税収入を大きく上回っている。
 町の予算規模は一般会計が五十一億八千万円。人口のわりに多くみえる。ただ、人口は町の予測で四十年後には今より千人減る。町役場の担当者は「今は良いけど、どこまで続くか」と危機感を持つ。今回の問題も人口減少や町の財政的な課題を解決するために浮上したとされている。
 残念ながら、キーマンの片岡春雄町長(71)への取材は、多忙を理由に断られた。共同通信の取材に対して片岡町長は、新型コロナで水産物の流通が減ったことに触れ、「町財政に影響が出た。他の交付金を取りにいくのに、これだけ取りにいかないのは変」と述べている。さらに、応募の検討を「国への貢献」と言い、「貢献のお礼が(交付金の)二十億円。いいじゃないの、深く考えなくたって」とも語っている。
 ところが町関係者に聞いて回ると、この説明にはやや疑問符が付く。コロナが猛威を振るう前から応募への動きがあったのだ。
 「え? コロナ?」。こう驚く元町助役の越前谷(えちぜんや)由樹町議(68)によると、二月の議会全員協議会で、町長から「核のごみについても勉強しよう」という趣旨の提案があった。まだ、新型コロナ禍が本格化していない時期だ。
 これを受け、町幹部や町議らで構成するエネルギー政策勉強会の三月と六月の会合で、原子力発電環境整備機構(NUMO)が説明した。二回とも一般的な処分方法の説明だった。
 越前谷氏が疑問を感じているのは、応募検討は町の洋上風力発電計画に、国の関心を向かせるためだと町長から聞いた点だ。
 町は周辺の自治体と共に沖合での風力発電を計画している。その計画はまだ具体化に至っていない。越前谷氏は「洋上風力の他の候補地に比べ、うちは後れを取っている。町長は焦りがあるのかも。でも、洋上風力の話はどこかへ飛び、いつの間にか処分場の話ばかりになった」と語る。
 そして越前谷氏は「町長は調査に応募しても、処分場は受け入れないつもりではないか」と推測する。「そんな交付金の『もらい逃げ』を国が許すかな」
 ところで、町議会では昨年九月、最終処分を研究している幌延(ほろのべ)深地層研究センター(北海道幌延町)の廃止や研究計画の撤回を国などに求める意見書を可決している。提案した幸坂順子町議(71)は「調査に応募するなんて、意見書とまるで逆」と嘆く。
 「調査は処分場受け入れの入り口。処分場を断るなら、応募するべきではない。二十億もの税金を出しておいてあきらめるほど、国は甘くはないでしょう」
 町役場近くには最終処分場に「絶対反対です」という真新しい看板が立った。町民への説明会は九月以降になる見通し。憤りや不安がうずまき始めた。
 「町内の業者は小さく、大手にかなわない。こだわりの品を、独自に開拓した取引先に出している」。水産加工業を営む吉野寿彦さん(60)は語る。
 名物の風で干したサケを特産品とし、二年ほど前にはニシン番屋を改造したカキ小屋を始めた。「核のごみという単語が寿都の枕ことばになれば、どうなるのか。核と観光、水産は共存共栄できない」。カキ小屋を任されている次男の英寿さん(27)も「不安しかない。町長の狙いが分からない」と戸惑う。
 役場近くを子どもたちと散歩していた団体職員の女性(41)は、町から遠くに見える北海道電力泊原発ができた当時を思い出す。女性は「原発関連の話は強行されるという、子どもの頃の記憶が今回とダブるんです」と不安にかられている。

 核のごみと交付金 「核のごみ」とは、原発の使用済み核燃料からウランとプルトニウムを抽出し、後に残る放射線の強い廃液を指す。ガラスと混ぜて固めてステンレス製容器に入れ、地下300メートルより深くに埋めて処分する計画。容器表面の放射線量は毎時1500シーベルトで、20秒浴びれば死に至る。安全とされるレベルになるまで10万年かかる。活断層の有無や土地の浸食状況を確認する文献調査を受け入れた自治体には、国から最大20億円の交付金が支払われる。