「核戦争に勝者はない」 核保有5大国が共同声明 (中日新聞 2022年1月19日)

2022-01-19 10:24:37 | 桜ヶ丘9条の会

「核戦争に勝者はない」 核保有5大国が共同声明

2022年1月19日 中日新聞
 「核戦争に勝者はない」。年明け、米中ロ英仏の核保有五大国がこんな共同声明を出した。当たり前のことを言ったにすぎないが、冷戦期の核の恐怖が薄れ、「抑止力」名目で軍備増強が続く今の時代には、目新しく感じた人がいるかもしれない。世界に1万3000発以上も存在する核兵器が使われたら、人々にどんなことが起きるのか。勝者のない戦いをシミュレーションし、実相を探った。 (宮畑譲、木原育子)

核兵器 世界に1万3000発超

 「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならないことを確認する」
 三日、核拡散防止条約(NPT)で核軍縮交渉を義務づけられた五カ国が出した共同声明。さらに、こう続いている。
 「われわれの核兵器は他のいかなる国も標的にしていないことを再確認する。すべてを危険にさらす軍拡競争を防ぐため、二国間および多国間外交アプローチを引き続き模索する」
 核戦争が起きれば、甚大な被害により人類みな敗者となる−。そうした未来予測は昔からある。
 米マサチューセッツ工科大(MIT)のグループが冷戦期の一九八〇年代にまとめた報告書は、ソ連にある核兵器のわずか1%程度の攻撃で米国の経済活動は三分の一以下になり、二十年以上も被爆前の経済水準に戻れないと予測。最も大きな6・5%の攻撃を受けるシナリオでは、直後に全米の人口の60%が死亡し、工業生産能力の40%が失われるとした。
 日本でも試算はある。広島市の国民保護協議会が二〇〇七年、同市が一メガトン級の水爆で核攻撃を受けた場合、死者三十七万二千人、負傷者四十六万人に上るとの報告書を発表。爆心地から〇・九キロ以内で屋外にいた人は、放射線だけで全員が死亡すると推定した。
 一メガトンはTNT火薬百万トンに相当。広島に投下された原爆「リトルボーイ」(十六キロトン)の六二・五倍、長崎の「ファットマン」(二十一キロトン)の四七・六倍ということだ。報告書は「核兵器攻撃による被害を食い止める方法は見つけられない。唯一の解は核兵器の廃絶しかない」と強調する。
 たった一発でこれだけの被害。しかも現在は米中ロ英仏の他にインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が保有しているとされる。全てが使用されれば、人類が何度も滅びてしまう量だ。核爆発による死者はもちろん、放射能による人体や動植物への影響、大気圏に巻き上げられた煙による気候変動も予測される。
 日本国際問題研究所軍縮・科学技術センター所長の戸崎洋史さんは「冷戦時代は米ソによる使用の可能性が高かったが、今は他の地域間での武力衝突のリスクが増え、使用される可能性は冷戦後、一番高まっている」と話す。
 加えて、現在の核兵器はピンポイント攻撃などが求められる局地戦を想定し、小型化が著しい。小型核弾頭など「戦術核」の軍拡競争は米ロを中心に続いており、「使った側が『軍事目標を狙った』と主張して、付帯する損害が認められる可能性もある」という。冷戦時代より威力は小さくても、「民間人の被害は減る」ことを理由に使用のハードルが下がっているわけだ。
 原水爆禁止日本国民会議(原水禁)の共同議長・藤本泰成さんも「現在の核兵器は数や量だけが問題ではない。小型化し、限定的との名目で使いやすくなっている」とみる。今回の共同声明を「表面上は正しいかもしれないが、核保有国の言っていることとやっていることは違う」と批判する。

小型化、拡散…「どの国でも使用可能に」

 「核戦争に勝者なし」というフレーズは一九八五年、当時のレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ共産党書記長の初の首脳会談で、共同声明に盛り込まれた。これが後に、両国の初の核兵器削減条約の締結につながり、冷戦終結に至った。
 だが、その後、核軍縮は停滞する。近年は米国と中国、ロシアが核戦力を増強し、英国も拡大の構え。新戦略兵器削減条約(新START)などの枠組みも揺らいでいる。
 「冷戦時と似たような情勢が、米中間で再現されている」。八七年に「核戦争シミュレーション」を書いた軍事ジャーナリストの前田哲男さん(83)はそうみる。「核保有大国がこの言葉を使ったのは、国際社会での威嚇も踏まえつつ、保有国の論理を示して正当化しておきたい焦りがあったのでは」と推測する。
 何が焦りを呼んでいるのか。「核の小型化などで、どの国でも核兵器を使用できるようになってきた。核戦争をする敷居が格段に低くなっていることが背景にある」
 その結果、現在はインド、パキスタン、北朝鮮なども保有している。「いろんな可能性が考えられ、核の拡散に対する恐れは大きくなっている」と前田さんは警告する。
 現在、核戦争などによる人類滅亡を午前零時に見立てた「終末時計」の針は「残り百秒」。ソ連が解体された九一年に十七分前まで戻った後、かつてない位置まで進んでいる。
 長崎大核兵器廃絶研究センターの鈴木達治郎・副センター長は、「核大国同士は抑止力が利いているが、核小国やテロリストは抑止が利かない可能性があり、どういう時にいつ撃ってくるか読めない」と話す。
 例えば北朝鮮。朝鮮中央通信は十二日、「千キロ飛行」を可能にする極超音速ミサイルの最終試験発射に成功したと伝えた。二〇二一年の防衛白書でも、「北朝鮮は核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っているとみられる」としている。
 鈴木さんは「あまり追い詰めると、北朝鮮は先制攻撃してくる恐れもある。台湾有事などで緊張が高まると、通常ミサイルを核ミサイルと誤解して核ミサイルで対応する恐れもある。相手国の核兵器システムをサイバー攻撃で機能不全にすれば先制攻撃が成功する確率が高まるなど、抑止の安定性は確実に崩れ始めている」と警戒感を示す。
 限定的に使っても、報復の連鎖となり全面戦争につながる恐れは否定できない。末路にどんな世界が待つのか。「人間が、物やゴミと同じようにされたんです。地面にたたきつけられ、光で身体を消され、熱線で焼き殺された。人間として死ぬこともかなわなかったのです」。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の田中熙巳(てるみ)さん(89)が言葉をつむぐ。
 十三歳で長崎で被爆。爆心地近くは多くの人間が道端に転がっていた。命からがら逃げてきた人が「助かったばい」と言った後、息を引き取る。生存しても白血病やがん、差別に何十年もおびえ続け「人間らしく生きることもできなかった」。
 広島や長崎には原爆投下後に救援に入ったり「黒い雨」を浴びたりして、残留放射線で被爆した人も多い。田中さんは「今核戦争が起きても、どの国も助けにさえ行けないでしょう。福島の原発事故で多くが逃げたように」と話し、語気を強めた。
 「被爆国としてひとたび核を使えばどうなるか、日本は嫌というほど知っている。掛け声だけでなく、被爆国としてこれからどうするのか、どうすべきか。この国の核政策が変わることを強く信じています」
 

 


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