「素人」官邸危うい方針 コロナ入院制限

2021-08-05 20:38:11 | 桜ヶ丘9条の会
新型コロナ感染者の急増で病床が逼迫(ひっぱく)する中、政府は2日、重症者や重症化の恐れのある人以外は原則自宅療養とする方針を決めた。これまでも入院できずに自宅で亡くなるケースも多々あったが、医療者は今回の方針転換について「重症化の見極めは簡単ではない。手遅れになれば命取りになる」と警告する。
 (佐藤直子、榊原崇仁)

「首相は何も分かっていない」

 「政府は何をやっているのかと思う。自宅療養中に一気に重症化すれば命取りになるのに…」。新型コロナウイルスに感染した父親を亡くした東京都内の五十代男性は憤る。
 男性の父親が亡くなったのは最初の緊急事態宣言下の昨春。せきと熱が出て地元の病院を受診。もらった解熱剤でいったん熱は下がったが、一、二日で症状がぶり返した。救急搬送された病院でPCR検査を受けて陽性判定が出た。
 即入院かと思われたが、いったん自宅に帰された後、保健所側は自宅療養を指示。家族は何度も「父をすぐに入院させてほしい」と頼んだが拒まれ、担当者は「症状が重い人から入院させている」と言うだけだったという。
 しかし、三日ほどで父親の容体は急変した。別の病院に救急搬送された時には、すでに人工呼吸器が必要なほど重症化しており、一週間後に息を引き取った。陽性判定が出てからあっけない死だった。
 男性は「感染が判明しながら当初入院を断られた父と、付き添った家族がどんなに不安だったか。保健所は電話のやりとりで、父親の症状をどう判断していたのかいまだに分からない。放置されたようなものだ。救急搬送されたときに入院できていたら、助かったんじゃないかと思っている」と振り返る。
 こうしたケースを続発させる恐れがあるのが、新たな政府の入院方針だ。
 これまでは、呼吸器に症状がない軽症でも基礎疾患がある場合や、肺炎や呼吸困難がある中等症以上が入院の対象だった。今後は中等症でも重症化リスクが低いと判定された人は、原則自宅療養となる。家庭内感染の恐れや自宅療養が困難な事情があると判断された場合には宿泊療養になる。いずれも感染急拡大中の地域が対象となる。
 この方針転換の背景にあるのは病床の不足だ。デルタ株の広がりで新規感染者は一日一万人を超す日が続く。厚生労働省結核感染症課の担当者は「適切に病床を確保するため」と説明。国は三日付で全都道府県に通知し、今後は各自治体が地域の実情に沿って判断する。国は自宅療養に備え血中酸素濃度を測る「パルスオキシメーター」の配備を進める。重症化の恐れをつかみやすくするためという。
 ただ、そもそも肺炎を起こし呼吸が苦しいような症状の患者を、医療を受けられない自宅で療養させるのは危険ではないのか。
 国際医療福祉大の高橋和郎教授(感染症学)は「菅首相は場当たり的で何も分かっていない」とあきれる。「酸素投与が必要かどうかによって中等症もⅠとⅡのレベルに分かれるが、ⅠからⅡまでは進行スピードが速い。Ⅱまで重症化すれば挿管手術が必要になり、手当てが遅れたら命は危険になる。重症化の見極めは簡単ではない。現場は基礎疾患の有無や症状の変化など今まで以上に丁寧にみていかなければならない」と語った。

「国民皆保険制度が崩壊する」

 そもそも自宅療養自体、コロナ禍が始まって以降ずっと、非現実的でリスクが高いと批判を浴びてきた。
 厚労省が公表するガイドラインによると、自宅療養を行う場合、感染者は個室で過ごすこと、他の家族とタオルや食器などを共用しないことを求め、「トイレや風呂も感染者専用が望ましい」「共用する際は使用する都度、消毒・換気を」とも示している。
 首都圏の複数の医療機関で在宅医療を中心に手がける木村知医師は「一般の方々は家庭ごとに事情があり、必ずしも一人一部屋とはいかない。ひしめき合って暮らす方もいる。そうした家庭で感染者とそうでない人を隔離するのは無理がある。自宅療養を促すことでむしろ、家庭内感染を広げかねない」と指摘する。
 診療の遅れも心配なところだ。「自宅療養の場合、医療関係者がリアルタイムで感染者の体調の変化をつかむのが難しい。自宅療養する人に電話してすぐに出てくれるか、電話でのやりとりだけで症状が分かるかといった問題が付きまとう。入院などが必要になったのに手を打つのが遅れれば、自宅で亡くなるケースも生じかねない」
 実際、全国の警察が一月以降に変死などとして取り扱い、新型コロナの感染が確認された死者のうち、自宅で発見された数は五月の段階で百人を超えた。独居などで孤立無援の自宅療養者が増えれば、同様の死者数がさらに増えることも考えられるが、小池百合子東京都知事は七月二十八日に「一人暮らしの方々などは、自宅もある種病床のような形でやっていただくことが病床の確保につながる」と、むしろ「独居自宅療養」を奨励した。
 いったい何がこんな理不尽な入院制限を招いたのか。言うまでもなく、感染拡大を抑えていれば、病床逼迫はなかった。国立感染症研究所元研究員で内科医の原田文植さんは「五輪を開いた結果、世間の人も『五輪をやるなら自分たちもいいだろう』と考えて出掛けているように思う。感染力が強いデルタ株が広まる中で人流が減らないから、今のような状況になっている」と指摘する。
 ならば、せめて病床を増やしていればとも思うが、インターパーク倉持呼吸器内科(宇都宮市)の倉持仁院長は「政府は病床増のための予算措置を行ってこなかった。コロナ禍の当初から『すぐに収束する』と楽観視を続け、修正しないまま今に至っている。専門家ではない官邸が主導してきた弊害にほかならない」と批判する。
 政府がいま頼りにするのが「抗体カクテル療法」だ。基礎疾患のある軽症者や中等症の患者に対して二種類の新薬を投与することで、入院や死亡のリスクを七割減らすと言われる。ただ、倉持さんは「十分な数が確保されておらず、注文してから届くまでに数日かかる」と述べる。
 入院できない、薬も足りないとなれば、命を落としかねない。万一の事態になった場合、果たして誰がどう責任を取るのか。倉持さんは「一義的には自宅療養を強いる政府の責任になるが、現政権が非を認めるとは思えない。自宅療養する人から相談を受けた医師や保健師に責任が押し付けられる可能性が高い」とみる。その上で「医療現場で今以上の疲弊が広まれば、相談や診療を拒むケースが出てきかねない。そうなれば『誰もがいつでも医療を受けられる』はずの国民皆保険制度が崩壊する。次々に命を落とす状況に陥らないよう、今後の対応を抜本的に見直すべきだ」と訴える。