知らぬ間に上がる電気代 原発の賠償・廃炉費、昨秋から上乗せ (2021年7月21日 中日新聞))

2021-07-21 09:44:03 | 桜ヶ丘9条の会

知らぬ間に上がる電気代 原発の賠償・廃炉費、昨秋から上乗せ 

2021年7月21日 
 
 毎月の電気料金に、電気を送るためにかかる費用「託送料金」が含まれていることを知っている人は多いかもしれない。ただ、この中に東京電力福島第一原発事故の賠償費用と、各原発の廃炉費用が昨秋から上乗せされていることはどれほど認識されているだろうか。本来は原発を持つ電力会社が払うべき費用。消費者から広く、薄く、気付かれにくい形で回収できる託送料金が、何かとコストがかかる原発の「打ち出の小づち」になりつつある。 (石井紀代美)
 「電線の使用料は払わないといけない。でも、電気を送ることとは関係ない原発の費用がどうしてその中に入るのか。何とかして勝ちたい訴訟です」
 託送料金を巡り、国を相手に訴訟を起こしている「グリーンコープでんき」(福岡市)の熊野千恵美会長は話す。水力やバイオマスで生み出した電気を提供する一般社団法人だ。
 九州、中国地方の生協などでつくるグリーンコープ共同体が母体。電気の小売りが全面自由化した二〇一六年、原発に頼らない生活を実現するために新規参入した。契約組合員は約四千人。電気を届けるためには「九州電力送配電」が管理する電線を使う必要があり、払っているのが託送料金だ。電気料金に含まれ、最終的には消費者が負担している。
 電線、電柱、変電所、消費電力を計るスマートメーター…。託送料金は、送配電事業に必要なこれらの費用を基に計算され、国の認可を得て決まる。各エリアの送配電は独占事業のため、不当な料金設定がされないようにするためだ。
 しかし、経済産業省は一七年、福島原発事故の賠償負担金と、全国各地の原発を廃炉にする際に必要な廃炉円滑化負担金を計上できるようにし、二〇年九月にはそれに基づく新料金を認可。同年十月から適用された。
 グリーンコープはその認可取り消しを求め、昨年十月に福岡地裁に提訴。今月五日の口頭弁論で、原告側は「原発関連費用は送配電事業を営むために必要ではなく、適正と言えない」などと主張し、国は「原告適格性がない」などと門前払いを求めた。
 なぜこんなことになったのか。一六年の経産省の有識者会議の議事録によると、電力会社は事故時の賠償費用として、原発一カ所あたり千二百億円の備えはしていたが、福島の原発事故で全く足りないことが分かった。そこで、苦肉の策として「過去分」という新たな概念を編みだし、費用を徴収することにした。
 その理屈は強引だ。電力会社は商用原発が稼働した一九六六年以降、賠償費用を電気料金に上乗せし、十分確保しておくべきだったが、していなかった。国もそれを求めてこなかった。
 議事録には「二〇一一年の福島事故以前、言ってみれば一部ディスカウントされた電気をすべての需要家が使っていた」という当局の説明が載っている。過去分を払わないのは「道義的に責任逃れ」とまで言う委員もおり、一九六六〜二〇一〇年にもらうべきだった分を回収することになった。
 ただ、小売事業はすでに自由化され、新電力に乗り換えた消費者もいる。そこで、そんな人からも確実に回収できるよう、託送料金の中に入れ込むことになった。
 熊野さんはあきれる。「例えばレストランで食事し、料金を払って店を出た後、しばらくたってから『実は原材料にもっと原価がかかっていた』と言われて請求されるようなもの。信じられない話だと思います」
 一方、廃炉円滑化負担金はどんな費用か。資源エネルギー庁電力産業・市場室の広兼佑亮室長補佐は「分かりやすく言うと、廃炉に必要なコストの積み残し分」と説明する。
 原発事業者は、廃炉のコストを四十年かけて積み立てるが、例えば予定より早い三十年で廃炉を決めた場合、積み立てが十年分足りなくなる。それらの費用を託送料金で回収するのだという。
 賠償と廃炉。託送料金に上乗せされる二つの費用は、各エリアごとに異なり、原発の出力容量の大きさや廃炉にした原発の数などによって負担に差が出る。
 廃炉を決めていない北海道は、廃炉円滑化負担金がない。そもそも原発が存在しない沖縄は、いずれの負担金もゼロだ。
 両負担金の影響で、東北、東京、関西、四国、九州の五つは、今年十月から託送料金が値上がりする。本来は昨年十月に上がるはずだったが、コロナ禍の経済悪化を考慮し、値上がり部分の適用が一年先送りされた。
 自分がどれぐらい負担しているか、計算するにはどうすればいいのか。東京の場合、今のところ一キロワット時当たりの両負担金は計〇・一一円。これに、それぞれ月の電気使用量を掛ける。二百五十キロワット時使う家庭の場合は月二七・五円、年間三百三十円になる。
 金額はわずかだが、少ないから良いという話ではない。駒沢大の高野学教授(会計学)は「二つの費用は、原発の発電事業で発生したもので、自由化で新規参入した小売事業者に全く関係がない。原発事業者の負担を軽減する制度設計になっていて、自由化の下での競争を阻害する」と指摘する。
 また、負担金額が電気料金の請求書に記載されていないことも問題視。「気付かれないように、消費者に負担させようとする経産省の意図が見え隠れする。負担を求めるなら、せめて請求書に明示する仕組みが必要だろう」
 原子力資料情報室の松久保肇事務局長は「みんなで広く薄く負担するから安く見えるだけ。賠償負担金のみ捉えても、年に六百億円、四十年間で二兆四千億円を回収する計画。普通の商取引では、過去分の料金を取りはぐれたからといって、回収できるなどあり得ない。それが一営利企業の電力会社に許されるのは異常だ」と強調する。
 松久保さんによると、原発関連の費用を過去にさかのぼって回収する手法は、これが初めてではない。二〇〇五年の小売り一部自由化で、特定規模電気事業者(PPS)が新規参入した時も同じロジックが使われた。この時は使用済み核燃料の再処理費用が必要になったため、商用原発が稼働した一九六六年以降に電気料金から回収しておくべきだった「過去分」を創出。使用済(ずみ)燃料再処理等既発電費の名称で二〇年まで、託送料金から計二兆七千億円を回収したという。
 今のところ、福島の原発事故にかかる費用は、廃炉・汚染水、賠償、除染、中間貯蔵で計二十一兆五千億円と見積もられている。しかし、解体作業で発生する放射性廃棄物の量などで、想定を上回ることが確実だという。
 松久保さんは「託送料金での回収は経産省の胸三寸。こんな手法を市民が安易に認めてしまえば、原発事業者が費用を捻出できなくなるたび、託送料金で回収することになりかねない。実際、すでに二回もやっており、次があってもおかしくない。託送料金を『打ち出の小づち』にさせてはいけない」と警戒する。