米国の投票制限 民主主義の土台を崩す
2021年7月19日 中日新聞
民主主義の土台を崩す由々しき事態である。米国内で投票機会を制限する法制化が進んでいる。主導するのは共和党で、民主党支持の多い黒人らマイノリティー(人種的少数派)を事実上、標的にしている。
期日前投票や郵便投票の期間短縮、投票箱の削減、郵便投票用紙請求時の身分証明の厳格化−。共和党が州議会の多数を占める州で法整備が進む投票制限の主な内容である。
米シンクタンクのまとめでは、南部のジョージア州やフロリダ州、西部アリゾナ州など十七州で二十八本の州法が成立している。
サービス業に携わる人が多くて投票日に投票に行くのは制約があるし、車を所有していない低所得者も多く、身分証となる運転免許証も持っていない−。投票制限法はマイノリティーのそんな事情を見越している。
昨年の大統領選はコロナ禍にあって郵便投票が大幅に増えた。トランプ前大統領は郵便投票を「不正の温床だ」と批判し、大統領選も「投票結果が盗まれた」と根拠もない主張を繰り返す。
共和党が投票制限に走るのは、トランプ氏の虚偽主張を受けたものだ。
加えて、ジョージア州のような共和党の地盤といわれた州で敗北したことへの危機感も後押しする。ジョージア州では大統領選を落としたのに続き、この年明けに行われた連邦議会上院の二議席をめぐる決選投票では一勝もできなかった。
バイデン大統領は米国が民主主義の盟主として専制主義に対峙(たいじ)していくため、価値観を共有する日本はじめ同盟国との連携に力を入れる。ところが足元で起きているのは、人種差別と非難されても仕方のない動きだ。
投票制限法に反対する米アップルのクック最高経営責任者(CEO)が言うように「米国の歴史は全市民に投票権を拡大する物語」である。
選挙権が裕福な白人男性に限られた建国期から、普通選挙制度の実現に至るまで、米社会はさまざまな障壁を乗り越えてきた。投票制限はその流れに逆行している。
選挙権の裾野が広がることは、多様な民意を政治に反映させることにつながる。不正防止を名分に投票行動を圧迫することがあってはならない。