表現の不自由展 抗議の暴走許されない
2021年7月9日 05時00分 中日新聞
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で議論を呼んだ企画展「表現の不自由展・その後」の作品展示が八日、中止された。会場となっている名古屋市の市施設に郵便物が届き、破裂音がしたことから、市が施設の利用を十一日まで停止したためだ。詳細は不明だが、かりに開催への抗議であれば、許されない暴走だ。
展示は、名古屋市中区の市施設「市民ギャラリー栄」で六日に始まった。会場には昭和天皇の肖像を含む版画を焼く場面のある映像作品や、戦時中の慰安婦を象徴する「平和の少女像」などがあり、会期は十一日までだった。
不自由展は東京でも開催の予定だったが、街宣車の抗議で会場移転を余儀なくされ、開催のめどは立たない。大阪でも府立施設での開催が決まっていたが、施設の指定管理者が利用者らの安全確保を理由に使用の許可を取り消した。いずれも、憲法がうたう「表現の自由」の後退を物語る実例だ。
作品には政治的な意味合いも色濃く、賛否が分かれるのは当然だろう。だが表現行為に対する批判は、評論や新たな作品の創出などによってなされるべきだ。展覧会が威圧的な街宣などの実力行使で開けなくなることは、私たちの社会にとって危機でしかない。まして危険物が送りつけられたのであれば、民主国家として恥ずべき事態である。厳正な捜査を望む。
世界を見れば香港やミャンマーをはじめ、多様で多彩な言論や表現が押しつぶされる事態が進む。それはかつてこの国でも、先の大戦に至る過程で起きたことだ。
そうした状況の広がりを防ぐためにも、社会における自由の意義と尊さを改めて確認するとともに「あなたの考えには反対だが、あなたの発言や表現の権利は守る」という姿勢を、互いに貫きたい。
九日には、「不自由展」に批判的な団体による企画展「あいちトリカエナハーレ」も、同じ施設で始まる予定だった。一昨年、別の施設での開催の折は、朝鮮人をおとしめるような文言のかるたなどを展示。愛知県の大村秀章知事が「ヘイトに当たると言わざるを得ない」と述べた経緯がある。
人種などによる差別的な言動は厳に慎まなければならない。延期して開くのであれば、不毛な敵対感情をあおるのではなく、融和や前向きな問題解決につながる建設的な内容を期待したい。