踏み間違い、なぜ起こる(2019年4月26日中日新聞)

2019-04-26 09:21:36 | 桜ヶ丘9条の会
踏み間違い、なぜ起こる 

2019/4/26 中日新聞

 東京・池袋と神戸・三宮で多数の歩行者が巻き込まれる悲惨な交通事故が相次いだ。どちらの事故も運転者のブレーキとアクセルの踏み間違いが原因と疑われている。高齢者特有の運転操作ミスと思う人もいるだろうが、データを見ると最も多いのが20代の若者。誰でも起こしかねない過ちなのだ。なぜ踏み間違えるのか。有効な対策はないのだろうか。

 十九日昼に池袋の交差点で起きた事故は乗用車が縁石に接触した後、約百五十メートル暴走。横断歩道を渡っていた自転車や歩行者を次々とはねた。母娘二人が死亡、四十~九十代の通行人八人が重軽傷を負った。

◆相次いだ重大事故

 神戸市のJR三ノ宮駅前でも二十一日午後二時ごろ、市営バスが横断歩道に突っ込み二人が死亡、六人が重軽傷を負った。

 事故原因は、はっきりしていない。ただ、どちらも赤信号だったのにブレーキを踏んだ形跡がない。それどころか猛スピードだったり、加速したりしながら横断歩道に突っ込んでいることから、ブレーキと誤ってアクセルを踏んでいた可能性が指摘されている。

 こうした踏み間違いの事故が目立っている。「そんなミスしないよ」と言う人も多いだろう。では日々、運転しているプロのドライバーはどうだろうか。タクシーの運転手に聞いてみた。

 「人生で一回だけ、無意識でアクセルを踏み込んでしまい、ひやっとしたことがある」。こう明かすのは運転歴二十三年の男性(45)だ。「その時はサイドブレーキをかけていたので、助かった」。ただ、男性が「極めてまれだと思う」と語る通り、ほかの運転手からは「ない」という答えばかり。

 別の男性(73)は「踏み間違えたことはない」としつつ、「高齢なので運転は慎重にしている。信号で止まるたびにギアをパーキングに入れるなど、基本操作を怠らないようにして万が一のミスを防いでいる」と話す。

 公益財団法人・交通事故総合分析センター(東京)のまとめでは、全事故に占める踏み間違いの割合は1%程度。二〇一七年に起きたペダルの踏み間違い事故は四千七百二十二件で、死者五十一人、負傷者六千七百四十七人に上った。この十年間の発生件数は四千~六千件台で推移している。

 決して多い形態の事故ではないが、目立ってしまうのは止まらなくてはいけないところで、逆に加速しているためだ。歩行者をなぎ倒したり、建物に突っ込んだりと大事故につながりやすい。

 まとめに気になる点があった。踏み間違い事故を起こした運転者を年代別に見ると、最多は二十代の九百八十一人で、全体の20%を占め、続いて七十代(七百六十六人)、六十代(七百十八人)の順だった。

 事故の原因別では「高齢(加齢による運転能力の低下)」のほか、「慌て、パニック」「乗り慣れない車」も多く挙がった。つまり若い人も高齢者も踏み間違える。誰がいつ犯してもおかしくない。

 交通問題に詳しい西島衛治・元九州看護福祉大教授(人間工学)は「とっさの出来事を目にすると、足に力が入り、突っ張ってしまう習性がある。アクセルに足を置いていると、そのまま押し込んでしまう」と説明する。

 この時、クラッチ操作が必要なマニュアル車ならエンストすることが多い。しかし、オートマチック車だとそのまま加速し、事故につながりやすい。

 「運転時の頻度を考えると、『右足でアクセルを踏む』という行為が圧倒的に多い。慌てるとそれが反射的に出る。暴走しだすと『正しく操作しているのになぜ止まらない』と焦り、一層踏み込むことになる」

 こんな過ちは高齢者に限った話かというと、やはり西島氏も「そうではない」とくぎを刺す。特に注意が必要なのは二十代。「車の運転に慣れていない人が多い」からだ。

 では、どんな時にドライバーは慌ててしまうのか。実は意外とささいなことがきっかけになる。

 例えば運転中にかかってきた携帯電話。日本自動車連盟(JAF)はホームページで「突然の携帯電話の呼び出し音など、ささいなことでも簡単に注意力はそがれる」と指摘する。このほか、「駐車場内や渋滞時にブレーキとアクセルを細かく踏み替えながら徐行している状況でも、頻繁なペダル操作に混乱して間違える場合もある」と紹介している。

◆補助装置あっても

 ちょっとしたことで起きる体の反射的な動きが原因となると、対策は難しい。期待されるのが障害物をセンサーやカメラで察知し、ブレーキをかける「衝突被害軽減ブレーキ」だ。各メーカーが市販車に搭載するようになっている。

 ただ、国土交通省審査・リコール課の村井光輝課長補佐は「あくまで安全な運転を支援する補助装置。万能ではないので過信してはいけない」と語る。というのも、運転速度や周辺の明るさ次第で障害物を検知できない場合があるほか、雪道や下り坂でうまく止まれないこともあるからだ。

 逆転の発想でペダルを一つだけにして、踏み込んだ時にブレーキがかかるようにした製品もある。熊本県玉名市の機械製造業ナルセ機材が開発した装置「ワンペダル」だ。

 靴底のような形で、ブレーキペダルの位置に取り付ける。アクセルはワンペダルの右側に付いた棒状のレバーを右側に傾けると作動し、ブレーキはワンペダルを踏み込むと利く。同社の有瀬智雄さん(49)は「車を進める時は右足を横に動かし、止める時は縦に動かす。二つが違う動きになっており、踏み間違いを防ぐことができる」と語る。

 メディアにも取り上げられるなど注目を浴びているが、なにせ従業員十数人の鉄工所。製造できるのは月十数台分に限られ、価格も二十万円近い。量産化には至っていない。

 もちろん事故防止にはドライバー自身の心がけが大切だ。「踏み間違えて暴走しだした場合、ドライバーが対応するのは難しい。重要なのは、いかに踏み間違いを招かないかということだ」と大阪大の篠原一光教授(交通心理学)。

 そして注意点を挙げる。「速度を抑え、周囲をしっかり確認する。運転に集中する。意表を突かれる状況を減らせば慌てることもないのだから。高齢になればなるほど運転技術を過信してはいけない。認知機能が落ちても自信の度合いは変わらないことが多いが、自分の限界を自覚することが必要だ」。要するに安全運転の基本に立ち返れ、ということだ。

 (安藤恭子、榊原崇仁)