全世代型社会保障、狙いは(2018年11月1日中日新聞)

2018-11-01 09:20:39 | 桜ヶ丘9条の会
全世代型社会保障、狙いは 

2018/11/1 中日新聞

 全世代型社会保障制度-国会の所信表明で安倍晋三首相は、こんな改革を目指すことを表明した。「子どもから現役世代、お年寄りまで、全ての世代が安心できる」というのだから、本当ならば素晴らしい。とはいえ、中身を見ていくと、とにかく国民を働かせた上、年金は削るということになりかねない。本当にこれで安心できるのか。耳当たりの良い言葉に隠された狙いを探る。

 二十四日の所信表明演説で安倍首相が訴えたのは改憲ばかりではない。ひときわ声を張り上げたのが「全世代型社会保障」だった。

 「女性も男性も、若者も高齢者も、障害や難病のある方も、誰もがその能力を存分に発揮できる」。そうした制度を三年で作ると述べた安倍首相の演説に、議場から拍手が起きた。

 二〇一九年十月から幼児教育・保育を無償化する。二〇年四月からは低所得者層向けに高等教育を無償化する。他方、高齢者に関しては「生涯現役社会を目指し、六十五歳以上の継続雇用や中途採用、キャリア採用の拡大を検討する」という。

 所信表明から読み取れるのは、社会保障の負担感が強かった子育て世代に働きやすい環境を整えることと、年金や介護などで手厚い給付を受けてきた高齢世代にも長く働いてもらい、制度の支え手になってもらうことだろう。要は、全世代へ「もっと働いてね」というメッセージを送ったとも言える。

 財源は一九年十月に予定される消費税の増税分を充てる。10%への引き上げで見込まれる税収は約五兆六千億円。その半分を子育て支援などの実現に回す。政府の未来投資会議が来夏に改革の工程表をまとめる。

 一二年、当時与党の民主と野党の自民、公明の三党合意で打ち出した「社会保障と税の一体改革」では、消費税増税分のうち八割は、増え続ける国の借金の返済へ充てるはずだったが、この約束はほごになった。

 方針変更は昨秋の衆院選に合わせて打ち出された。つまり子育て支援の手厚さをアピールする選挙対策の側面が強い。後回しになった国の借金の問題は深刻だ。過去最高を更新し続け、三党合意の時に首相だった野田佳彦氏が「子どもや孫のポケットに手を突っ込んで社会保障の財源を賄っている」と述べた状況に改善の兆しは見えない。日本総合研究所の西沢和彦主席研究員は「将来世代にツケを残しながら『全世代型』を掲げるのは欺瞞(ぎまん)」と指摘する。

 財政を改善するには、社会保障の支出を抑えるという思惑も見える。「一億総活躍」の号令で高齢者も働かせた上、原則六十五歳の年金受給開始年齢を七十歳超に遅らせることも取り沙汰されている。

 ツケを子孫に回すのか、受け取る金を削るのか。あるいは両方か。とにかく、世代を問わず働き、まだ生まれていない人も含めた次世代は借金もよろしく-。「全世代型」の看板の裏からは、そんなささやきが聞こえてくるようだ。

 今のところ、安倍首相は「年金の受給開始を七十歳超も選べる」と言うにとどまっている。ただ、その先に「全員七十歳からの支給」もちらつく。そうなれば、ほとんどの高齢者がいや応なく働くことになる。問題は起きないだろうか。

 「やはり安全面、健康面には気を配ります」。「全国シルバー人材センター事業協会」(東京都)の高場秀樹・企画管理部次長は語る。今のところ、ほとんどの会社では六十五歳までしか働けない。センターは、さらに働こうと思う人たちの受け皿になっている。会員の数は約七十万人。六十五~六十九歳は約二十万人と三割近くを占める。

 高場さんは「会員の入会動機は『経済的理由』という人が増えていますが、一番多いのは生きがいや社会参加。『もうフルタイムで働くのはいや』という方もいます」と説明する。ほどほどに働き、その他の時間で人生を楽しみたいという人も多いようだ。

 その仕事のおよそ半数が、清掃や包装といった軽作業だ。残りの半分は翻訳や販売員、内装工事、輸送など多岐にわたる。月収の平均は四万円弱。企業の継続雇用が実現すれば、この金額はさらに上がるのだろうが、現状ではセンターの仕事だけで食べていける人は少ないようだ。

 経済ジャーナリストの荻原博子さんは、七十歳まで自ら稼いでもらおうという政府側の思惑を警戒する。

 「元気で働く意欲があれば継続雇用もいいかもしれない。しかし、七十歳近くになると健康のまま働けない人もいる。政治の役目は一人一人が幸せに生きていける社会を実現すること。『働け』と号令だけ掛けられても困る。高齢の方々も労働力としてしか見ていないのかと思ってしまう」

 一方、企業側も体力、健康に配慮した職場を用意しなければならない。何かと「ブラック」が話題になる日本で、それが可能か。

 荻原さんは「首相はこれまで『一億総活躍』『働き方改革』『女性が輝く社会』ときれいな言葉を連ねて改革を訴えてきたが、実態が伴わずにいる。『全世代型社会保障』も聞こえがいい分、逆にぞっとする」と改革の行き先に不安を感じている。

◆働き手が減り支出は増える

 とはいえ、社会保障が抱える問題は大きい。

 国立社会保障・人口問題研究所が昨年公表した「日本の将来推計人口」によると、二〇一五年から五十年間で人口は三割減の約八千八百万人となる。六五年には六十五歳以上の割合が38・4%と一五年の26・6%から大幅増。働き手の中核となる十五~六十四歳の生産年齢人口は一五年の60・8%から、六五年には51・4%まで減る。

 政府が今年五月の経済財政諮問会議で示した資料によると、社会保障給付費は一八年度で既に百二十一兆円に上っている。それが四〇年度には一・五倍以上の百九十兆円と見込む。働き手が減る中で、こんなにも支出が増える。

 埼玉大の高端正幸准教授(財政学)は「医療や介護などのサービスは誰にとっても必要になり得る。いま健康であってもいつか病気になるかもしれない。みんながみんなのために支え合うため、税で負担を分かち合うというのが財政というものだ」と語る。

 単に年金などの給付を抑えただけでは、対症療法にしかならない。それが高端さんの指摘だ。

 「社会保障として何が必要なのか。それを支えるのにどれだけの費用が必要か。所得や資産などを踏まえた公平な税負担のあり方はどうなのか。十年、二十年後を見据えて議論するのが本来の姿。スローガンを掲げるだけではなく、財政の具体的なビジョンを示すべきだ」と話している。

 (皆川剛、榊原崇仁)