今度は何が燃えるのか 週のはじめに考える(2018年10月28日中日新聞)

2018-10-28 09:39:33 | 桜ヶ丘9条の会
今度は何が燃えるのか 週のはじめに考える 

2018/10/28 中日新聞
 119は、日本ではピンチの時にすがる数字でしょう。しかし、現代国際政治でみると、世界をピンチへと追いやる数字かも、という気がしてきます。

 来月公開される米国のマイケル・ムーア監督の新作は『華氏119』。あの同時多発テロ後のブッシュ(子)政権を痛撃した『華氏911』でカンヌ国際映画祭最高賞を得たムーア氏が、今度はトランプ大統領をやり玉にあげます。119は、かの人が大統領選で勝利宣言した「11月9日」の謂(いい)。

『華氏119』


 大統領就任後、トランプ氏がやったことを一言で言えば、「離脱(withdraw)」でしょうか。安倍政権が熱心な環太平洋連携協定(TPP)、地球温暖化防止の国際ルール・パリ協定、核兵器開発を停止させたイラン核合意、国連教育科学文化機関(ユネスコ)、国連人権理事会、最近では、ソ連時代に結ばれた中距離核戦力(INF)廃棄条約…。

 この調子だと、国連本体からも離脱すると言い出しかねません。

 ミスター・ウィズドローは何であれ、自国や自分の直接利益にならぬことで他国を助けたり、協力したりするのが気に入らぬようです。「アメリカ・ファースト」とは即(すなわ)ち「自分だけよければ」なのでしょう。

 各国は相互に依存しているのだから、全体のシステムに奉仕せねばならず、どの国であれ他国に対して責任がある。いわば、米国が米国でいられるのは他国のおかげ。それが分からないとしたら笑止です。

 また、この人の「離脱」は多くの場合、「自分の気に入るような見直しがなされないので(あれば)」離脱、という論法です。

 最も「らしさ」があらわれたのは、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への援助停止でしょう。約三割を占める米国の負担金がなければ、パレスチナの子らの教育や健康に人道的危機が広がる恐れが強い。イスラエルが大喜びするような、到底無理な譲歩をパレスチナに迫る圧力なのです。刃物をつきつけ「言うことを聞け」と脅しているようなもの、といえば言いすぎでしょうか。

 
ユダヤ人層の票や資金が魅力でもあるのでしょう、無論、過去の米政権にも、イスラエルへの肩入れがなかったとは言いません。しかし、まだギリギリ、双方の仲介役足り得る程度の慎みはあった。トランプ氏は露骨、国際社会にどう見られようと平気の平左です。

「ライオンの治世」に劣る


 最近も、米国を目指す移民集団の増大を阻止できないから、ホンジュラスなど中米三カ国への援助の停止か大幅減額を始める、と表明しました。ここでも弱者を力で威迫する性向がうかがえます。

 貿易もしかり。北米自由貿易協定(NAFTA)見直しでは、カナダ、メキシコを締め上げて自国有利に改造させ、今は、日本がその俎上(そじょう)にのっています。

 さながら狼(おおかみ)を前にした羊のように、もし安倍首相が震え上がっていたとしても無理からぬこと。安全保障面でも経済面でも日本は米国に依存しているのですから。相対的弱者という意味では、わが国もカナダもメキシコもホンジュラスもパレスチナも同じです。

 しかし、です。強者が力で弱者を支配してよいというのは、人間の世界というより、弱肉強食の動物の世界、まるでジャングルの掟(おきて)ではありますまいか。

 こんな話が、イソップにあります。<万事、力での解決を好まぬ性穏やかなライオンの治世になって、集会が行われ、お互い罪の償いをしたりされたりした。狼が羊の、虎は鹿の裁きを受けるという具合に。臆病者の兎(うさぎ)がしみじみ言う。「この日の来るのをずっと祈っていたのです。弱い者が猛(たけ)き者にも恐れられる、そんな日を」>

 トランプ氏の世界観が、いわば「羊は狼に食われて当然」というものだとしたら、法の支配や公正なルールを重んじる「ライオンの治世」より劣るということになってしまいます。

 人種や宗教に関する差別的言動など、かの人に垣間見える弱者・少数者差別の傾向も同根でしょう。過日も、政権が、心と体の性が異なるトランスジェンダーを行政上認めない措置を検討中だと、米紙が伝えていました。

教育上よろしくない


 大人は子どもに「他者を思いやれ」と教えているはずですから、教育上も大変よろしくない。この超大国指導者が人々の価値観を侵食せぬかと恐れています。

 あのカンヌ最高賞に輝いたムーア作品。日本公開時の宣伝文句は確か、焚書(ふんしょ)を描いた本家F・トリュフォー監督の『華氏451』になぞらえて<華氏911 それは自由が燃える温度>でした。

 『華氏119』では、何が燃えるのでしょうか。