ひろかずのブログ・2

79歳のおじいさんです。散歩したこと、読んだこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと等々何でも書いてみます。

野口町をゆく(87) 大庫源次郎物語(14)  向学心に燃えて

2022-08-29 08:22:38 | 加古川市歴史探訪・野口町編

 

      野口町をゆく(87) 大庫源次郎物語(14) 向学心に燃えて

 旋盤を動かす程度の知識では、ドイツ・クルップ社やイギリス・シーメンス社製の高級な工作機械を操作することはできません
 経験と勘だけで覚えた技術は、役立たちません。源次郎は、機械のことを一から勉強する必要があると痛感しました。
 「何か機械のことを勉強したいんやけど、働きながら行ける学校はないやろか」と、ある日、同僚に聞いてみました。
 「あほくさ。職人が何でいまさら学校に行かなならんのや。わいらは、腕一本で月、何10円も稼ぐんやで。学校へ行く暇があったら、工場で儲けな損や」
 でも、側にいた年長の職工は、「こないな戦争景気も、そう長くはないわい学校で基礎からしっかり勉強して腕のええ職工にならんと、もうす首切りの時代がきて、皆おしまいやで・・・」
 源次郎は、この言葉を聞いて決心しました。
   ◇手放さぬ講義録
 こうして当時、福島にあった関西商工学校に入学した源次郎は、歯を食いしばって勉強しました。
 学校と薄暗い電灯の下、機械や製図を、年下の少年たちといっしょに学びました。
 夜学から帰ると、下宿の三畳間のフトンにもぐり込んで、夜中の時、時まで勉強です。
 長い丁稚奉公に慣れてきた源次郎にとって、英語や化学方程式、物理用語の並んでいる分厚い工業講義録は、難解でした。
 工業講義録の表紙が、ボロボロになってきたころ、源次郎は同じ福島にある関西英学校に興味を覚えました。
 この英語を教える夜学にも入学しました。
 工廠の機械にも全部横文字の説明書がついているし、機械専門書にも、英語が出てきます。
 やがて、英学校での英語の勉強は、挫折する時がきました。
 長兄が兵隊に取られ、働き手を失った播州の家は、彼の送金が必要になってきたのです。

 英語の夜学はやめ、残業して給金を稼ぐことにしました。
 

コメント
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