野口町をゆく(83) 大庫源次郎物語(10) 日本一の鍛冶屋になったる
「こんなことばかりしとって、職人になれるんやろか」
ある日、旋盤を扱っている兄弟子に聞いてみました。
「あんた、いまみたいに上手に機械を使う職人にどないしてなったんや・・・」
「どないしてなったてか、お前みたいに修業してなったんや」兄弟子はニヤリと笑うのでした。
「こんなふいご吹きと、使い走りばかりしとってなれるんか?」
「なれる。おれも見習中は、お前みたいなことを思とった」
兄弟子の言葉で、彼の心に一つの大きな目標ができました。
技術は盗むもんや
三年目を迎えるころには、ぼつぼつ難しい仕事もさせてもらえるようになりました。
当時の職人は仕事を教えてくれませんでした。
「そいじゃ、帰らせてもらいまっせ・・・」旋盤の職人が仕事を終えて帰って行きます。
この鉄工所にたった一台しかない旋盤は、宝物のように大事にしていました。
源次郎は、彼の帰るのを待ちました。
旋盤の扱い方は、毎日後ろからのぞいて見て、おぼろげながらわかっています。
職人が、七時に帰ったあと、彼はあたりに気兼ねしながら、そっと旋盤のスイッチを入れ、夜更けまで練習しました。
昼は職人の手付きをじっと観察し、夜は自分で動かしてみる。
手先の器用な彼だから数カ月後には、職人に劣らぬほどの腕前になっていました。
「どうも近ごろ、機械の調子がおかしい。源次郎、お前触ったんと違うか・・・」
でも、旋盤の魅力に取りつかれてしまった源次郎は、きつくいわれたのにかかわらず、職人の帰ったあと、触らずにはおれませんでした。
旋盤を動かしていると、削ったボルトの破片が飛んで、旋盤にちょっとカスリ傷をつけてしまいました。
このくらいならわからないと思っていたら、翌朝出勤してきた職人は源次郎をどなりつけました。
「おい源次郎、あれだけいうとったのに、触って傷をつけたろうが。どする気や」平手打ちを頬に続けざまパンパンと食らいました。
この様子を、じっと見ていた主人の中川がなだめて、源次郎にいいいました。
「機械は、職人の生命や。そりゃ傷つけたお前が悪い。よう謝とき」
そんな時、他の職人が辞めたので、まだ十代の若い源次郎を、中州鉄工所としては前例のない職人として昇格させ、機械がつかえるようになりました。