散策
その日の出来事を気ままに・・・




或(ある)春の日暮です。
 唐(とう)の都洛陽(らくよう)の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
 若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費(つか)い尽して、その日の暮しにも困る位、憐(あわれ)な身分になっているのです。
 何しろその頃洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌(はんじょう)を極(きわ)めた都ですから、往来にはまだしっきりなく、人や車が通っていました。門一ぱいに当っている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗(しゃ)の帽子や、土耳古(トルコ)の女の金の耳環(みみわ)や、白馬(しろうま)に飾った色糸の手綱(たづな)が、絶えず流れて行く容子(ようす)は、まるで画のような美しさです。
 しかし杜子春は相変らず、門の壁に身を凭(もた)せて、ぼんやり空ばかり眺(なが)めていました。空には、もう細い月が、うらうらと靡(なび)いた霞(かすみ)の中に、まるで爪の痕(あと)かと思う程、かすかに白く浮んでいるのです。
「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし――こんな思いをして生きている位なら、一そ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」
 杜子春はひとりさっきから、こんな取りとめもないことを思いめぐらしていたのです。

青空文庫より 芥川龍之介「杜子春」

練習で 文字と写真が一致してません  




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