故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。
絵のタイトルは、「あっち向いてホイッ」です。
聞こえぬ振りなのか、人形故に決して向いてはくれません。
朝は、ヒグラシで目が覚め、昼はつくつくぼうし、ニイニイゼミとアブラゼミの饗宴で眠くなる。
あれあれという感じです。日差しはまだまだ強いが吹く風が爽やかです。
もうすぐ秋なのか。
楽しみにしていた休みは都会に行き気がかりを片づけ、二人でどこかでゆっくりすることもなかった。
普段できない草刈と畑の草抜きや商店会が主催するお盆祭りの手伝いで忙しかった。
カフェを開店し一週間が経ち、やっと休みである。そして休みといえども東京から訪問者があり忙しい。
今日のタイトルは、「時を追う」です。
今までは、時に流されるように生きてきた。
毎日決まった時間に学校や会社に行き、その場所で一定時間を過ごせばよかった。
成果よりもいることが求められた。
今は、少し違う。
なんでも自分でやらないと、進まないし終わらない。
責任があるわけでもないから、きつくなったら平気で休める。
やりたいこととやりたくないことに費やす時の、やりくり算段をしている毎日です。
会社や学校では言われた(命令された)ことをすればよかった。
今は、すべてのシナリオを書き、役者もやる自作自演の芝居です。
努力によって成果がことなるため、一生懸命になります。
結果として、身体は疲れ、気分は晴れる。
この辺りの社長と一緒です。
誰もがプレーイングマネージャーです。
社長室に座っている人は、誰もいない。
妻も毎日新作料理と新らしい菓子作りに時を費やしている。
新作料理は、予約客の目先を変えるためである。以前と違う味を出したいのである。
季節によっていろんな果物や野菜がいただける。それを材料にして試作している。
そして、くださった方に試作の菓子として届けている。
毎日やりたいことをして、疲れている。
「時を追う」のは、できるからまたやらなければと錯覚しているからできることです。
幸せなことなのです。
こっち向け あっち向くから 楽しいさ
2019年8月19日
絵のタイトルは、「昔からそこにいたような」です。
汗に気をとられているうちに、周りの風景の変化に気づきませんでした。
驚いたことに、鈴虫が鳴いています。
きっと、昨日までは鳴いていなかった。
地震が起きて、頭の上の棚の上にある鍋が落ちてきたら、きっと怪我をするな。
寝る位置(頭の位置)を変えなければ。そうではない、棚を固定しなければ。
などと、うつらうつらしながら考えた。
考えるのが面倒くさくなり、起きた。
起きたからと言って、ことさらにすることはない。
喉が渇き、冷たい水をがぶのみしたい衝動を抑え、ウーロン茶をちびりちびり飲んでいる。
今日のテーマは、「やっと起きたが、眠れない」です。
堂々巡りの夢から逃れて起きました。
トイレにも行き、やっと眠くなったけど、早朝ゴルフに出かけるため、もう眠られません。
それで、こんなタイトルになりました。
お盆の間、商店会の手伝いやら付き合いで、すっかり寝るのが遅くなってしまいました。
明日はゴルフと、今日ばかりは早く寝ました。
夢のお陰で、起きるのがちょっと早すぎた。
お盆で、来店客も少ない。
ならと、日中野菜の周りの草取りをしました。二時間ばかり。
三年作った畑の土は柔らかく、面白いように草が抜けます。
汗が出るのも気にならない。
野菜の管理は妻です。何が植えているのか分からなかった畝の草を抜き取りました。
とうとう、半反の草取りをしてしまいました。
半袖で、日焼け止めも塗らずにやったものだから、夜になっても身体が火照っている。
これが、夢見の悪さにつながった。
早朝の夜気が涼しい。
鈴虫が、秋の到来を告げている。
こんなに暑いのに、もう秋なんです。
あらゆる蜂が獰猛です。これも秋ゆえのできごと。
もう少し涼しくなったらやっつけるかと考えています。
スルーで回るゴルフの合間に食べるおにぎりでもこさえるか。
「やっと起きたが、眠れない」でした。
稲の穂に 死にそに暑い 鈴虫が
2019年8月18日
お盆まで描いてねと、時々帰省する姉妹から似顔絵を頼まれました。
この娘(妹)は、2週間前に描き上げていました。この絵の娘です。
姉の方は、まだでした。
その子たちが、おばあちゃんと一緒に来店しました。
注文の品を作り終えて、似顔絵にかかりました。
将来は、相当な美人になる。アヒルの子でした。
夢中になって、描きあげました。多分一時間未満でしょう。
似顔絵を渡すとき、姉妹はとても喜びました。
おばあちゃんも喜んでくれました。
山の中腹にある資材置き場から花火を見た。
持ち主は、風流人。景色が抜ける場所に高床式のベランダを作っていた。
電気カンテラで、手元の飲み物食べ物を照らした。
夜陰の向こうに花火が上がる。しばらくして音が届いた。
夕方に雨が降った。温度は下がったし、虫もおとなしくなった。
このあと、お盆祭りに参加しようとしたが、出遅れ感もあり帰宅した。
今日のテーマは、「ファーストネームで呼ぶ」です。
私達は再婚したが、夫婦別姓です。つまり同棲です。
送っていただいた桃の料金を払おうと、果樹農家に行った。
夫婦がそれぞれ縁者に送った。
私の名前で伝票を探す。連れの名前は知らぬから半分しか請求されなかった。
妻の名前の伝票を見つけ、併せて払った。時々、説明しなければならず具合が悪い。
外国へ行くと、家族や同僚をファーストネームで呼ぶ。
ミスターがとれる。親しくなったら、私もファーストネームで呼ばれた。
漢字通りでは、呼びにくいので上2文字に簡略された。それでよい。
この辺りでも、同じ苗字の人が多い。例えば「鈴木」や「佐藤」です。
下の名前(ファーストネーム)で呼んでいる。私も倣う。
同じ名前の場合は、特徴を足して呼ぶ。
何々おばあちゃんと呼ばれたくない。
おばあちゃんが二人いるため、孫の便宜を図りファーストネームのばあちゃんとする。
いやいや、年寄扱いされたくないから、「ファーストネーム」で呼ばせているのです。
これから、夫婦別姓の時代が来る。
子供の時は、ちゃん付けでファーストネームで呼び合っていた。
学校に行くようになってから、姓で呼ばれる。
そうするよう教育している先生でさえ、あまりに多い「鈴木」君とさんゆえ、ファーストネームで呼ぶ。
その方が、お互い分かりやすい。ついでに、多くない姓でもファーストネームで呼ぶようになる。
カフェで同級会をやる。習わしなのか、ファーストネームの連呼である。
私達も、お互いどう呼ぼうかと話し合った。
呼びやすい二文字の名前で呼び合っている。
地域の方に、からかわれる。新婚だからと許してもらっている。
いいんじゃない。
猫ちゃんや犬君は、唯一の名前のファーストネームで呼ばれる。
飼い主が呼ぶと振り返るが、知らぬ人が呼んでも知らぬ顔です。
動物は、自分の名前に反応しないで、声質で判断し応える。
「おい」でも「あんた」でも、人前では具合が悪い。
ちゃんと名前があるのだから、せめてファーストネームで呼びましょう。
夜の帳が降りて、二人だけの時に甘くささやき合ってください。
おしまい。
ねえあんた 上がり下がりで 機嫌よし
2019年8月17日
絵のタイトルは、「もう飲めんけえ」です。
家族が集まり騒ぐのは、年に一度のお祭りさ。
今日のタイトルは、「お盆」です。
夕方に一雨降れば、夜は涼しくなります。
秋がもうすぐそこまで来ている。
この辺りの子どもたちの夏休みは19日まで。
お盆が終われば2学期が始まります。
暑いと言っているうちに、稲の穂も出揃いました。
秋になれば、草刈も落ち着いてくる。
盆踊りを盛り上げようと商店会で催し物をしている。
飲みながら、手伝いをしています。
こんなにいたのかと、若い人たちが集まってきます。
昨年まで、とぐろを巻いていた年寄りたちの姿が見えません。
そろそろ世代交代の雰囲気です。
訪ねてくる親せきと昼間から飲んで、夜は休んでしまうのでしょう。
田舎のお盆では、親せき(親父の兄弟)が訪ねてきた。
酒好きのおじさんと一緒につぶ貝を取り、魚を釣った。
夏休みが始まってずっと島で暮らした従弟たちは、親たちと一緒に帰っていった。
自分が、子どもたちを待つ年齢になった。
再婚を機に家を出た私たちを訪ねてくる子供たちはいない。
子供たちを訪ねなければならないが、遠くてそれもできない。
花火を一緒に見ないかと、地域の方が誘ってくれた。
都会にいる頃は、子供たちを連れて、海岸の松林の中で今か今かと待った。
外人の先輩と、琵琶湖の真っ暗な湖畔に座り遠くに上がる花火を見た。
関内の真上に上がる花火を、子どもを肩にあげて見た。
ランドマーク41階にお客さんを招待して、飲みながら花火を見た。
下に見える花火は、音も小さくなんか気が抜けた。
お盆は特別な日でした。
気づいてから、やっと私も大人になったと思った。
遠くから 先祖供養と 今の人
2019年8月16日
絵のタイトルは、「またね、お元気で」です。
いろいろあります。
出会いと別れ。
こういうしかありません。
今日のタイトルは、「お茶をいただく」です。
畑を借りています。一反歩は広すぎるので、半分だけ借りました。
この畑で20種類の野菜を作っています。
草刈をし、カフェで使う食材を一生懸命作っています。
妻が頑張っているおかげで、年々良いものが採れるようになりました。
畑を貸してくださった方は、草刈をしなくても良いと喜んでくれていました。
昨年までは、残り半分の草刈をしきれいにされていました。
今年になって、貸主は草刈ができなくなりました。
手伝ってくれていた息子さんに何かの不都合がおこったのでしょう。
春先から様子を見ていました。
見かねて、草を刈ることにしました。
一生懸命作っている隣のおばあちゃんの畑にも草は伸びていました。
長く伸びた草は粘り付き、払うのに体力を使いました。半反を刈るのに2日かかりました。
昨日の早朝、草を刈っていたら畑の隣に住む方が、ペットボトル入りのお茶を差し入れてくださいました。
伸びる草を心配されていたのでしょう。刈ったらとも、自ら手を出すわけにもいかないのです。
これで、草を刈る場所がまた増えた。
我が家の他に4軒の空き家の草刈をしています。
残念ですが、やらないではいられない。
草刈をしている家の持ち主は、帰られなくなりました。
お礼も言われません。
初めは、どうして他人の空き家の草を刈るのと訝しがっていた地域の方も、今では喜んでおられます。
カフェの周りを散歩をされる方が増えるのが、私たちの望みです。
カフェだけきれいな部分最適は、私の趣旨にはあいません。
ただ、それだけのことです。
隣りの方からいただいたお茶はとっても嬉しかった。
できるものが、出来るときにやる。
批判より、残念がるより、できることがあればやる。
昔はこうだったとは言って欲しくない。
昔からこうだったと、おらが村の自慢をして欲しい。
余計だと 言わずここから 先を見る
2019年8月15日
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今日は、日本が再出発した記念日です。
大事な人の誕生日でもあります。
おめでとう。そして、頑張ろう。
(筆者)