矢野(五味)晴美の感染症ワールド・ブログ

五味晴美の感染症ワールドのブログ版
医学生、研修医、医療従事者を中心に感染症診療と教育に関する情報還元をしています。

「費用対効果」の議論

2016-04-30 08:13:03 | 感染症関連
本日の朝日新聞の「天声人語」で、費用対効果に関することが書かれていました。

国内のワクチン議論もそうなのですが、「ネガティブ」な個別事例によって、「ポジティブな大局」が見失われるということが国内メディアで作り上げられる傾向を感じ、危惧します。

これまでOECD加盟の先進国などで、費用対効果について大半が医療政策の根幹部分です。
残念ながら、日本では、これまで医療政策面で取り入れていませんでした。

日本では費用対効果を検証する仕組みが未発達でしたので、これから導入ということで、必要な状況です。

日本では、少数の大学を除き、疫学、パブリックヘルス、集団医療がまだまだ十分に確立しておりません。

医学部でも、十分にその概念、体系的な取り組みが教育されてこなった日本では、この領域のエキスパートの数が極めて少ない状況です。

疫学、費用対効果の議論があれば、現場データに基づき、現実的かつ学術的にも妥当な政策が打ち出せる可能性が高いです。

ワクチンなどの予防医学ではもっとも重要な検証方法のひとつです。

今後の高齢者多数、既往歴多数の患者を前にして、医療現場の方向性として、「発症後対応」から、「発症予防」への大きな転換が必要です。

もっとも費用対効果が高いとされるもののひとつがワクチン。

麻しんや破傷風などは、費用対効果がもっとも高い医療のひとつです。

破傷風を取り上げてみますと、初回3回シリーズを未接種であるために50歳以上の高齢者が発症して入院してきます。
報告されている(第5類感染症、全例報告義務あり)症例は年間100例あまり。50歳以上で接種機会のなかった患者が半数程度。

多くの患者が、ICU治療が必要で、2-3ヶ月以上、ICU管理するということも多いです。
2005年以降、15例程度、破傷風患者を診療しておりますが、亡くなった方もいます。


以下、仮の数字で、イメージのため、計算してみます。

いろいろなassumption(前提)が異なると数字は大きく異なりますのをご了承ください。

患者さんが、ICU3ヶ月滞在として、仮に総額1) 500万、2) 1,000万、3) 2,000万円程度の医療費がかかったとします。

年間100例(under reportとして、5倍程度の発症で500例と仮定する)破傷風ワクチンの接種料金 (ワクチン原価は安いと思いますが、医療機関での接種料金)2000-3000円として、計算できます。


発症後の医療費
1年間では、
1) 500万円の場合
500例 x 500万円=25億円

2) 1,000万円の場合
500例 x 1,000万円=50億円

3) 2,000万円の場合
500例 x 2,000万円=100億円

患者は毎年発生になるので、仮に10年間では、3)の場合、100億円 x 10年間=1,000億円

ICU治療後も、数ヶ月~年単位のリハビリや長期療養施設での入院が必要な場合もあり、これよりももっと高額になる可能性があります。

ワクチン接種の場合

ワクチン初回3回シリーズを終了した場合で、合計ワクチン料金 3,000円(かなり安く見積もって)

50歳以上の人口 4,000万人?程度として、

3,000 x 4,000万人 = 1,200億円

例えば、このような短期から中長期の医療費試算、などを費用対効果として、検証、予測することが重要です。

「個別の事例のみ」で、全体の大局が見失われることは避けるべきではないかと考えます。

新聞の一般市民へのインパクトを考え、いろいろ思索しています。