中小企業の「うつ病」対策ー人、資金、時間、情報に余裕がない

企業の労働安全衛生、特にメンタルヘルス問題に取り組んでいます。
拙著「中小企業のうつ病対策」をお読みください。

衆議院で審議中(続編)

2012年07月20日 | 情報
労働安全衛生法の一部改正案には、精神的健康の状況を把握するための検査等を義務化する内容が含まれています。

「第六十六条の十  事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、
医師又は保健師による精神的健康の状況を把握するための検査を行わなければならない。」

しかし、企業・事業所における定期健康診断の実施状況は、著しい企業間格差が生じているのが現状です。
大企業や先進的企業においては、全従業員に人間ドックを受診させ、精神的健康の状況調査も既に実施しています。
一方、中小企業の中には、法令で定められている定期健康診断さえ実施していない企業も散見されます。
なぜなら、定期健康診断には、健康保険が適用されませんので、
企業にとっては、一人当たり5,000円から10,000円の実費負担が必要となるからです。
定期健康診断を実施しないと、早期発見ができなくなり、結果として病気が進行してしまうことから、
医療費が増大する原因の一部とも云われています。
余談ですが、当該企業は、顧問を務める社労士にとって悩ましい問題なのです。

こうした現実から推測すると、精神的健康の状況を把握するための検査等を義務化しても、
中小企業に実行するだけの体力があるのか、不安になります。
法案は審議すら行われていませんので、細則までは窺うことができませんが、
中小企業に実施を先送りする、激変緩和措置が講じられても、いずれは実施対象になりますので、
法令が「有名無実化」する危惧さえあります。
現状や趣旨は、理解しているつもりですが、どうなることやら心配です。

参考までに、こうした状況を報道した新聞記事を紹介します。

リスクと向き合う:メンタルヘルス検査義務化に批判
毎日新聞 2012年05月03日 
 自殺・うつ病対策の一環として、科学的な根拠の薄いメンタルヘルス(心の健康)検査が職場で義務化されようとしている。
厚生労働省は具体的な検査法を示して導入を目指すが、専門家からは「効果が確立されていない」と懸念の声が上がる。
拙速にまとめられた政策が、医療現場の混乱や労働者の不利益につながる恐れがある。
 労働安全衛生法改正案として昨年末、国会に提出された。事業者に対し、
通常の健康診断とは別に、メンタルヘルス不調者を見つけるための検査を義務付ける内容だ。まだ実質審議に入っていない。
 厚労省は使用する検査票の標準例として「ひどく疲れた」「ゆううつだ」など9項目の自覚症状を挙げ、
労働者に4段階で自己評価させる方法を提示。結果は本人の同意なしには事業者に知らせず、
必要があれば医師による面接を実施する。同省は「ストレスが高い人の早期発見につながる」と説明する。
ところが、川上憲人・東京大教授(精神保健学)は「ストレスが高い人が、必ずしもうつ病のリスクが高いとは限らない。
民間で使われる検査票で『うつ状態』と判断されても、実際にうつ病と診断されるのは5〜20%程度」と指摘。
9項目の検査票で、うつ病や自殺の予防につながったことを示す研究もない。
 同省の試算では、面接を含めた1人当たりの検査費用は350円。対象は約3000万人で、
導入されれば事業者は計105億円の負担となる。「効果が実証されていない仕組みに費用を投じれば無駄になる」と
川上教授は言う。
 一方、中村純・産業医科大教授(精神医学)は「検査の結果、機械的に精神科への受診が勧められれば
医療機関に混乱が広がる」と懸念する。精神疾患全般への理解が進まない中で導入されれば、
労働者が職場で排除的に扱われる恐れもあるとして
「モデル事業でエビデンス(根拠)を検証してからでも義務化は遅くない」と慎重な対応を主張する。
自殺やうつ病は、日本経済の停滞が鮮明になった90年代後半から急増。厚労省の政策立案は、
こうした状況の改善を目指す長妻昭厚労相(当時)の指示で始まった。
企業の定期健診に精神疾患検査の導入を求めた長妻氏に対し、省内のプロジェクトチームは10年5月、
同氏の意向を反映した報告書を作成。その後、専門家の検討会を設置し、約1カ月半(計6回)で検査の枠組みなどをまとめた。
 その間、当時の菅内閣は「メンタルヘルス対策を実施する職場を20年までに100%にする」という目標を
入れた新成長戦略を閣議決定している。早期の取りまとめは政治主導の色も強く、
検討会の委員の一人は「結論ありきの拙速な印象だった」と振り返った。
 検査内容への批判について厚労省労働衛生課は「妥当性は審議会でも合意を得た」と話している。


リスクと向き合う:メンタルヘルス検査 焦る厚労省
毎日新聞 2012年05月03日 
 自殺・うつ病という現代社会のリスク軽減を図ろうと、
厚生労働省はメンタルヘルス(心の健康)検査の義務付けに向け準備を整えた。
「それがかえって混乱を生む」という批判をかいくぐって進む姿からは、リスクと向き合う真摯(しんし)さより、
走り出したら止まらない官僚の習性が垣間見える。
◇学会要望に撤回働きかけ
 法制化を巡り、厚労省の焦りを印象付ける出来事があった。
 <「今求められるメンタルヘルス対策、法律改正への要望」の一部改正について>
 4月20日夕、産業医や保健師らが集まる日本産業衛生学会のホームページ(HP)に掲載されていた
大前和幸理事長(慶応大教授)名の要望文の内容がこのように差し替えられた。
 学会は3月上旬、事業者に従業員のメンタルヘルス検査を義務付ける労働安全衛生法改正案に
反対を表明する要望文をHPに掲載。厚労省が標準例とする検査項目の妥当性や、
精神医療現場へのしわ寄せなどへの疑念を示した。
 ところが、新たな要望文からは「反対」の文言だけが消えた。学会幹部が内実を明かす。
「3月31日に、東京・新宿の学会事務所に厚労省労働衛生課の担当者が訪れ、複数の学会理事と懇談しました。
厚労省側は、学会が示す問題点に『指針等で対応したい』とし、法案成立への理解を求めたんです」
 学会はその後、反対撤回の「担保」として、3月31日の懇談で厚労省側が示した「考え方」を
学会HPに公開することを要求。後日、厚労省は受け入れた。国会での審議を前に障壁を取り除きたかったようだ。
 HPに掲載された厚労省の「考え方」は、妥当性に疑問を呈された検査項目について
「具体的な項目は、法案成立後に国会での審議や各方面の意見等を踏まえ、策定する」というものだった。
 毎日新聞の取材に、大前理事長は4月24日付で「(改正案は)検査項目を義務化するものではなく、
(検査の)有効性については、各方面で検討され、本学会を含む関連学協会・機関で検証していくことになるのであろうと
見込まれます」との回答を文書で寄せた。厚労省の対応に、学会幹部は「問題点を理解するなら法案を出し直せばいい。
小手先で取り繕わず、本当に国民のためになるかを考えるべきだ」と憤る。
厚労省の「焦り」の背景には、政策にかかわる人々の「小さな利益」も見え隠れする。
経緯を知る同省関係者は「霞が関では、法改正の実績は評価され、修正されれば良い評価にはつながらない。
法改正の実現で何らかの利益を得る人が省内にいることは否定しない。
その法律が国民の役に立つのなら、問題ともいえないのだが……」と言葉を濁した。
 官僚機構に詳しい東京都市研究所の新藤宗幸・研究担当常務理事は「通常なら法案作成段階で関係学会などに根回しをする。
国会提出後にこうしたやりとりがされるのは珍しい。
民主党政権の『政治主導』の意向を踏まえて拙速に対応するあまり、ボタンの掛け違いが生じたのではないか」と推測する。
◇「形」優先、メタボ健診ほうふつ
 厚生労働省が、科学的な根拠の薄い制度の導入を目指すのは、メンタルヘルス検査が初めてではない。
08年度に始まった特定健診・保健指導制度もその一つだ。メタボリックシンドローム対策(肥満対策)に特化して、
心筋梗塞(こうそく)など心血管疾患の予防を目指すものだが、日本人の肥満者の割合は海外より極めて低く、
心血管疾患の発症にも肥満の有無は関係ない。導入前から「肥満に特化した健診は、本来指導が必要な人を見落とす」と、
反対する専門家は多かった。
だが、健診見直しは、当時の自民党政権が実現を目指していた医療制度改革の一環。
厚労省は、批判を振り切って法案化し、与党と一体となって成立にまい進した。
結果として健診受診率は下がり、必要な指導ができない現場に混乱が広がった。
厚労省は、肥満以外の人への対策に乗り出さざるを得なくなり、来年度から実施する。
「国の財政が厳しくなり、国民に負担を求める政策が増えた。
(将来を見越した政策より)分かりやすく、世間受けする政策に政治家も官僚も飛びつくようになった」と、
厚労官僚として医療制度改革に携わった村上正泰・山形大教授(医療政策学)は話す。
行財政改革で人が削られても、業務は減らない。仕事のスピードも求められる。
結果として、拙速でも「形」にすることが優先され、骨太な制度設計や政策の効果に関する検討が
なおざりになっている面は否めない。村上教授自身も「医療制度改革では、根拠の薄い数字を『えいや』と決めた」と振り返る。
ただ、本質的な問題もある。官僚は間違えないという、いまだ残る「無謬(むびゅう)神話」だ。
公共事業だけではなく、医療制度などソフト分野の政策でも「一度始まると止まらない」状態が起きている。
問題に気付いても、取り繕う程度の修正しかしない。
村上教授は「霞が関の政策決定プロセスを、客観的に検証する仕組みが必要だ」と訴える。
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