熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ヌリエル・ルービニ:必ずしもデフレは悪いわけではない

2024年01月17日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   ルービニ教授の「メガスレット」を読んでいて、興味深かったのは、
   「過去20年間に起きたデフレあるいはローフレーションがすべて悪いデフレだったわけではない」という指摘である。
   (ローフレーションとは、lowとinflationの合成造語で、低いインフレ、すなわち、インフレ誘導目標を下回る水準が続く状態を意味する。)

   その多くをもたらしたのは、技術の進歩、貿易とグローバル化の拡大、移民の増加、中国など新興国のグローバル経済への参入による労働力の供給増である。これは良いデフレであり、かなりの期間にわたって物価に下押し圧力をかけ続けた。実際、パンデミックが襲来する2021年まで、インフレ率は多くの先進国の中央銀行が設定した誘導目標の2%を下回って推移した。と言うのである。

   誤った前提に立つと、デフレの影響は殊更悪く見える。誤った状況判断は誤った政策手段、誤った目標を生む。発想を転換し、ここでデフレを良いものと考えてみよう。貿易のグローバル化、進化した技術、豊富な労働力の供給のおかげで、経済の健全性を損なうことなくものの値段がさがったとと考えるのである。実際にもインフレ率はゼロに近づいた。
   ところが、そうなると、中銀は、2%こそが名目インフレ率の適切な水準だと金科玉条のように信じ込んでいるので、デフレとローフレーションは危険な悪者だと考えて、あの非伝統的政策を引っ張りだして、金利をゼロ更にはマイナスまで引き下げて、量的緩和や信用緩和と銘打って民間部門から金融資産を買い取り、信用規制を緩和すると言った措置を導入した。
   中銀は、良いデフレやローフレーションをニューノーマル(新常態)として容認しようとせず、何も解決を必要としない問題を正そうと試みている。緩和政策を導入して借金を促すのは、借金をして消費に回せばインフレ率は目標の2%に近づくと考えているからである。仮に狙い通りになったとしても、それは、不必要な解決であり、非生産的である。過剰な信用緩和は次のバブルを生むだけである。と言うのである。

   さきに、スティグリッツ教授が、インフレ退治目的のFRBの金利引き上げ政策は間違いであって、銀行を儲けさせただけだという見解を紹介したが、いずれにしろ、ルービニ教授の見解にしたがっても、FRBや日銀の金融政策は、誤っていたということになろうか。
   早い話が、スティグリッツだったと思うが、インフレ率2%が適正水準だという確たる根拠も何もないと言っており、なぜ、この程度のインフレ状態が経済成長なり経済の安定にとって良いのかどうか、理論的にも良く分からない。
   誰が考えても、インフレにもデフレにも問題があって、インフレゼロで、物価水準が上下変動せずに安定し続けている方が良いのに決まっている。
   
   アメリカの1990年代は、「大いなる安定」という名称で記憶されている。通常は低い失業率と安定成長はインフレを伴うものだが、主にインターネットとその生産性押し上げ効果によってインフレに歯止めがかかり、「良いローフレーション」が出現したのである。
   このように、色々な経済の新機軸や革新的なインパクトによって、低い失業率と安定成長を維持しながら、低いインフレの「ローフレーション」状態の方が、2%のインフレターゲット政策よりも、良いことが理解できる。

   ここでは、説明は省くが、須く必要なのは、経済を引き上げるイノベーションをインスパイアーすることで、生産性をアップさせて経済を浮揚させる以外に、成長の道も、良いローフレーションもない。
   日本経済が成長から見放されてしまったのは、政治経済社会のすべてにおいて、イノベーションを忘れたカナリアになってしまったからである。
   デフレで、失われた30年をやり過ごしてきたのであるから、ここで心機一転、
   良いデフレやローフレーションをニューノーマル(新常態)として、経済体制を建て直したらどうであろうか。
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