日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「便利」と言う名の「不便」

2010-07-10 20:36:59 | ビジネス
昨夜「たけしのニッポンのミカタ」と言うテレビ番組を見ていた。
興味が湧いた理由が、「便利さ」についてだったからだ。

実は、最近の多機能携帯電話が次々と発売されるのに、そのような機能についていけない自分がいるコトに気がついた。
最近と言うよりも、随分前から「そんな多機能化されても、使いこなせない・・・」と思っていた。
現に私が使う携帯電話の機能は、①電話②メール③カメラ(動画は含まず)程度だ。
他に色々な機能があることは知ってはいるが、使ってはいない。
ネットに繋ぐというコトもほとんどしていない。
理由は、ネットはPCで見れば十分だと思っているからだ。
しかし、日本の携帯電話は「便利さ」を求め、ドンドン多機能化していった。
そして、携帯電話でありながら多機能性も持つことで、日本の携帯電話は独自の進化をしたのだが、逆にそれが「世界の携帯電話の基準」から大きく外れてしまった、という指摘がされていた。
いわゆる「ガラパゴス化」と言われるコトだ。

とても興味深かったのは、キャンプ場でわざわざ「不便な状況を作り出し、日本人家族と外国人家族がどんな対応をするのか?」という実験(?)だった。
日本人家族の場合は、何とか快適にしようと、アレコレ努力をし・工夫をする。
一方外国人家族の場合は、その不便さも含めて愉しんで過ごす、というコトだった。

この「何とか快適にしようと、アレコレ努力をし・工夫をする」コトが、「日本のものづくり」を支えてきたモノだと思うのだが、過剰な便利さを求めるコトが当たり前になってきてしまった、というのが今の日本なのでは?と言う指摘がされていた。
その一例が「ガラパゴス化」となった、日本の携帯電話の様な気がする。

そしてもう一つ興味深買ったコトは、最近「あえて不便」をビジネスチャンスとする企業が出てきている、という点だった。
それらに共通するのは、「不便だからこそ、人と接することが楽しい」という点だ。
携帯電話のアドレス帳に、100人を超える名前を登録している方は、今では当たり前となっているだろう。
しかし、直接会って話しができる「友人」は、どれくらいいるのだろう?

「便利」な生活になることで、逆に人の孤立化が生まれているのではないか?
それはある意味「便利が生んだ不便さ」なのだと思う。



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