自由人の発信 おっさんの中国一人旅から国内旅。

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

9日目;許昌までのバス旅 「激論あって次がある」

2013-11-20 15:37:52 | 旅行記

10月20日(日) 5:30起床、朝の用足し、髭剃り、洗面、お湯沸かし、パッキング、部屋片付け6:30退房。下着は3,4日で、上着は着たきりすずめ、朝晩はジャンパーを、合宿?

今日の朝食は刀削麺。器は水の節約?これ結構多くのお店で。でもあまり良いポリ袋でないので高温の物は・・・、ホルムアルデヒドが・・・。私はこちらの方が快調ですが・・。

Dscf5122

Dscf5125

お店の前、駅前ですがごみを焼却するのは・・・、マイイカ!

Dscf5124

7:10 59元。金額から200㌔以上午後到着(そう、大雑把に!)。

Dscf5126

商丘駅前メイン道路日曜7時過ぎの様子。

Dscf5127

バスは中型20人がとこ。国道沿いをお客探しながら、追い越しながら、クラクション鳴らしながら、おしゃべりしながら、電話しながら。これが中国式!

今日は日曜日、途中の村や町では何処も市がたって、賑やか。街のメイン道路を塞いで!そこをクラクション鳴らしながら、一台でも多く追い越そうと運転手さん腕前を。いつ事故ってもおかしくない状態ですが、接触事故ひとつ起こしません!

Dscf5128

2時間ほど走った所の少し大きい?街で若者がまとまって、5人ほど拾われます(車掌がうまいこと?言って乗せちゃう?)、明日から勤め?授業?といったところ。後ろの座席も4人かけに、5人ほど、もう満席!。

さて出発!と、いくらも行かないうちに、車内が騒がしくなります(車内コミニュケーションでなく!)。若者達と運転手の間で・・・、そのうち、運転手さん怒り始めています。私はサッパリ・・・。とうとうバスを止めて、揉め始めます(フム?若者たち降りる?降ろされる?・・・)。思います、中国では、ある線以上には・・・?どういった結末になるのか・・・(楽しみ!いや興味?)。

フム?解決?オット、若者がカンパ?私にも5元と回ってきます。訳分からないが、激論の上で決まった事ですから、私も応じます。

運ちゃんぶ然?で発車。と、車はユーターン!若者達乗った所まで戻って、降りるのか?

いや違います、高速道路入口です!ヤッタ!これでかなり早くなるぞ!!

事の顛末思うに、もう車内は満員、許昌近くの町まで(彼らの目的地?)降りる乗客はいない?。このまま下を走っていたのでは彼らの時間には間に合わない?車掌は乗る時大丈夫といったのに、乗ったら運転手は約束できないと?。。「それじゃ、高速走ればいいじゃないか」「そんな金誰が負担するんだ」「そっちが言い出したこと、乗せた方の負担だろ」「ナニ言ってるんだ」「・・・」「・・・」。で、有志による半分負担?こんなところかと。

イヤー、結構迫力ある議論!そして、この柔軟さ、したたかさ。こんな事日本で起きます?。マ、日本ではその前に、すべての事で決め事されて、余地も無い!。中国を旅してると、果たして日本の常識がベストなのか考えさせられる事が多々あります。

バスは一気にスピードアップ。なんと車内は今までが嘘のように静かに!(運転手、終始ぶ然、面子?)。オオ!静かなバス旅。。

景色はいちめん麦畑、秋撒き小麦、少し育ちすぎでは?畑の中にある土饅頭、分かります?お墓です。死後も子孫と共に!でも土地は国有地だぞ。余計なことまで考えなくて。。

Dscf5132

Dscf5134

Dscf5136

最後まで静かな車内の様子!分からないか。

Dscf5142

東バスセンターの方から市内に入っていきます。大きく開発されていますが、小さな町の開発と違って目立ちません。

お昼前に駅前のバスセンター到着。

Dscf5143

明日の目的地襄陽へはネットでは街外れの東バスセンターからでした。試しに窓口で訊くと7:10があります。購入91元ですから一日コース。。

Dscf5144

駅前相応のホテル、金源賓館?120元。

Dscf5145

Dscf5147

Dscf5146

パソコンも完備、勿論ネットに繋がります、勿論日本語表示もOK。ネットカフェが駄目ならホテルがある!そう、共産党がいかに規制しょうが、現実はもう抑えきれない。官も民も建前と本音を使い分け、取り敢えず、でき試合を続けてる。

Dscf5170

部屋の窓から裏通り、この行った先に食べ物屋さんがずらり。

Dscf5149

新疆伴麺?12元。やはり都会?見かけによらず美味、完食。

Dscf5150

許昌の説明;三国志魏、曹操の根拠地。後漢の都洛陽まで160㌔程。後漢の最後の皇帝、献帝は曹操を頼ってここに移り、次の曹丕に帝位を譲り、漢は滅びる。で、当時漢都城の一部、毓秀台と禅譲儀式の受禅台が郊外にあります。

市内には他にあるようですが、ここでは毓秀台を訪ねます。

フロントにグーグル地図で訊くと、向かいのターミナルからと。ネットに載っていた201路です、運転手に聞くと、アッチだと同じ201路を!喋っても損しないと思うのですが(マ、言われても解りませんが)。

13:15発車、でも路線バスが次のバスセンターで客待ち?30分ほどで郊外この表示の近くで降ろされます。何処にあるのかな~と言った所。。お金のある大都市は道路の修築も終わっています(アスファルト舗装です)。

Dscf5151

Dscf5152

Dscf5153

Dscf5154

500mほど歩いたところに。収穫期は麦の乾燥場?尤もらしい門構え。それなりの城郭であったようです。

Dscf5155_2

Dscf5156_2

今は一面麦畑の中。お墓もあります。

Dscf5158_2

覗いてみたら、井戸のようでした。

Dscf5159_2

畑の中にポツンとある高さ15m程の高台。

Dscf5160_2

Dscf5161_2

中国共産党成立前に毛沢東が訪れたと。

Dscf5162

なんとも知れない・・・。今は道観?毓秀台と表示はあります。ここにいる人達は何なのでしょう?(お前こそ、何ナノって・・・)。この人達もいることなので10元のお賽銭。

Dscf5163

Dscf5164

まさに兵どもが夢の後!ここの空気を吸いたいだけ。。ここはここなりに満足!

Dscf5165

Dscf5166

Dscf5168

元のバス停?表示はありませんが、に戻って、いつ来るか解らないバスを待ちます。

心配するまでも無く、やって来たバスに手お上げます。なんと、来た時のバス?。帰りのバスには途中から学生がドット乗り込んで、途中通過の満員状態。

おバーちゃん地に来ていた?女の子(4、5歳)が送られて乗って来たので、席?を譲ってあげると、おバーちゃん私に何か頼んでるよう(言われても聴不憧です)。しっかりとお土産を抱いて。降りる所でホッとした様な感じで降りていきました。

バスは丁度5時近くに戻ります。部屋でメール打って後は食事。

Dscf5169

お昼食べた新疆料理の店に行きます(中国の羊肉は実に美味しい!)。水煮羊肉とあるのを頼みます、美味しくてうっかり、食べた後に写真です。勿論冷えていないビール。

この様子です、御飯が食べたくて「小碗米飯!」。この御飯がまた格別に美味しかった。炊きたて!短粒米?中国ではありえない色、ツヤ。絶対日本のお米は中国で好まれると思います。42元

Dscf5172

ぼけた写真ですが、ホテル横の電気店、サムスン表示。

Dscf5171_2

明日は襄陽に、「水は北に向ってる?」

今日使ったお金;7+59+5+91+120+12+4+10+4+42=354元

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 8日目;臨渙 途中下車、商丘... | トップ | 10日目;許昌から襄陽 「... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

旅行記」カテゴリの最新記事