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自由人の発信 おっさんの中国一人旅から国内旅。

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2017山行き2題、アポイ岳と大雪縦走

2017-09-11 15:28:58 | 旅行記

去年の今は1か月後に迫った中国行でハイになっていたのですが、中国行をやめた今、なんだか・・・・。気になる中国です。。共産党はともかく中国の人達は好きです。

6月17日(土)晴れ;アポイ岳、ユネスコ世界ジオパーク

気になってた山、でも自宅から200㌔(高速区間120㌔)、日帰りは帰りの運転に無理があります。

幸い登山口に野営場。

テント泊だと昼食済ませて出発、国道利用で4時間半。

様似を過ぎた所で正面にアポイ岳。

冬島漁港の手前を左、山へ。サイト場は広々、充分な設備(炊事場・トイレ)  

土曜日なのでそれなりの利用者? こちらは3張、遅くにバイクの人。

道路挟んで向かいには温泉施設、アポイ山荘。

テント設営終わってさっそく温泉へ!内風呂は工事中で露天風呂はのみでした。

山荘駐車場からの眺め。  

夕食はビールをソーセージ・玉ねぎ炒めの肴で始め、レトルトカレーご飯。

6月18日(日);天気選んで来てるので今日も快晴。

5時過ぎに起きて朝食はパンにドライ豚汁、テントそのままで登山口へ車で移動。

5:40登山開始。 登山口のビジターセンター  

と、中年?女性が近づいて、「すみません、ご一緒させてくれませんか?」「構いませんよ。」

彼女、なんと鹿児島から、と言ってもこの6月?から占冠でロングスティしているとの事、なかなかの行動派のようです。薩摩オゴジョ!

この標識では!    

5合目手前の森の中に鹿です。

彼女かなりの博識家、いいカメラで途中の高山植物の名前を言いながら、「どうぞ構わないで先に行っててください。」

ここアポイは高度810mの割に高山植物が豊富な所、でも私はみんな高山植物で一括り!!

8:40アポイ岳   

苫小牧方面 えりも岬方面 吉田岳、ピンネシリ 

「私はこの先の吉田岳までですが、どうします?」

「時間もあるし、折角だからその先のピンネシリまで伸ばします」

「じゃー、私はスローペースですので、先行されたら?」

「じゃー、そうします!」

「クマよけの鈴は持って無いの?、私のでよければ持って行いったら。」

吉田岳直下で件の彼女下りてきます、新しいパートナー(若くて馬力ありそ!)とピンネシリへ。。

9:30吉田岳  吉田岳よりアポイ ピンネシリ

下山中に私も一応高山植物を、同じ物もあるかも。           

カンラン石の露頭? 

11:30 5合目の避難小屋、そこそこの人が登って来ています。 

2合目かにあったクマよけ鐘。 

登山口ジオパークビジターセンター内展示場。  

なかなかの展示内容、アポイ岳の成り立ち、希少性が解説されています。

昨日温泉に行ってる間にサイト料徴収に来ていたので、ここでサイト料を納めます。

帰りの温泉は4時間の運転を考慮してパス。テント撤収して帰途につきます。

冬島漁港へ寄り道。 

ここの漁組から毎年末、兄弟知人へ送る日高昆布10㌔を買っています。 事務所開いていたら担当の女の子に挨拶しようかと・・・、残念日曜日!

8月3日・4日 大雪山黒岳~旭岳縦走。

大学WV仲間が5年前に10代目の還暦到達を区切りに九州久住で集合。それを機会にメーリングで結ばれます。

2年後3年前北海道PWをニセコ・羊諦山で実施、その時ぜひ次回大雪を案内したいと、去年計画しましたが、3月の熊本地震、多くの関係者がいます。で、中止。

そして今回の2017北海道PW、エリアはニセコ・大雪で。私達含めて4夫婦がニセコに集結。

でも、年齢、体力、日程とそれぞれです(ある意味それでいいかと)。

結果、是非見ていただきたかった大雪黒岳石室周辺のお花畑は、私達(カミさんもOB)二人の十何年ぶりかの縦走となります。

ニセコのコンドミニアムでのウエルカムPTの翌日3組は大雪へ(一組は前日百名山羊締クリア、日程の関係で離脱)、二組は旭岳温泉、私達は層雲峡。

天気はどんぴしゃり!層雲峡のロウプウエイ乗り場   

ロウプウエイとリフト乗り継いで黒岳7合目から登山開始、2時過ぎ。今回は石室泊まりです。

9合目?樹林帯切れ?最初のお花畑  

4時には黒岳、大雪(カムイミンタラ)の眺望!これを見てほしかった!!  

石室までの高山植物。     

黒岳直下の石室。 

石室近辺の高山植物。      

今年は一週間から10日ほど花のシーズンが早い?チングルマがおひげさんになっています。

去年は星の観察会に感動したので、カミさんにもサプライズと思っていましたが、先生、今年は不在!いろいろある???。残念!

小屋は十四、五人?余裕の人数。

8月4日快晴!

目覚めると少し明るくなっています、4時少し。カミさんを誘って、すぐ脇の桂月岳へ。

4:17 御来光です  カムイミンタラにも。 

桂月岳より黒岳石室の様子。 途中のコマクサ。 

朝食はインスタントラーメン。6時出発。  

雲の平、チングルマは終わった所から今盛りまで。雪渓が溶けた順番に咲いて来るので一月近く楽しめます。 

     

ここからしばらくお鉢を左にしての縦走路。 

北鎮肩、北海道第二の北鎮岳。無理せずパス。。  

中岳より北鎮を。 平尾根真ん中あたりわずかに?旭岳。 

お鉢の全貌と向かいの北海岳、そして白雲岳。 

途中で行き会ったパーティー?、決まっています! 

いよいよ旭岳が、 裏旭の雪渓を登ります。 

11:10登った所でガスの中、黒岳が見えるのですが・・・  

旭岳からこちらのグループに電話、なんと15分ほど前に下山した所。私達はここで行動食のパンを。

15分ほどで切り上げ下山していると間もなく、もう一組のお二人が登ってくるところ!お互いの健闘をたたえて交差します(それぞれのペースで楽しむ)。

この旭岳の下山ルートは火山礫で滑りやすい?なぜか私ばかりがシリモチ!その度に彼女のアドバイス?

「アキレスが伸びてるよ!」「膝で吸収した方が・・・」「後傾になってるよ!」と、とうとう6合目かで突いた手のひらの皮剥けます(小休止、すぐにバンドエイトで、かなり自分にも・・・)。

さらに滑った所、極めつけが「だいぶ足に来てるんじゃ・・・」で、恥ずかしながらカンシャク!「ウルサイ!黙れ!」

下山後友達に会うまで・・・(友達にはこんな恥ずかしい所見せれないので・・・)。

13:30姿見の池  高山植物は終わっています!残念!残念!。

みなさん!それはそれは素晴らしいお花畑なんですが・・・。

14時のロープウエイで旭岳温泉へ。

2017旭岳縦走終わります。

今夜は旭岳温泉白樺荘に皆して泊まります(男子露天風呂脇青大将発見!逃走)。

大雪は素晴らしい!是非一度歩いてみてください!でも石室は・・・。

 

彼女は2002年天人峡からツムラウシ、温泉への山行き以来の大雪でした。

天人峡羽衣の滝 ヒサゴ沼へのお花畑   ヒサゴ沼 トムラウシからの展望 

残されてる時間は日々過ぎて行きます。で、来月10月は近江大津京から明日香藤原京まで歩く?壬申の乱を締めくくります(何の意味もありません、やはり中国一人旅の不確実性の緊張感には・・・)。

2004年に孫と3人で黒岳石室テント泊、北鎮ピストンしていました。    大雪は素晴らしい!何度でも言います。

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ヘルシーウオーキングなる物 2題

2017-08-14 10:35:44 | 旅行記

5月21日(日)晴れ;イタンキ浜・潮見公園と“鉄のまち”室蘭ウオーク

数少ない友がこのJRヘルシーウオーキングによく参加するよう、で今日も参加するとの事ですが・・・。

北海道に来て40数年、でも室蘭が外れています。

そんな中この駅のパンフレット! 

一日乗車券2,260円、当日購入。新川駅の窓口7時からなので札幌駅まで自転車、快速エアポートで北広島駅下車、普通列車で苫小牧乗換で東室蘭へ。

乗り換えた列車には多くの参加者?(服装、年齢から)。斜め向かいに件の友が!新聞に夢中。

気付いてくれません、で、少し混んでる中を彼の前に移動、足を踏んづけます。

彼、ムッとした顔で「・・・」、まだ気付きません。と、「なんだ!君か!」(人の足踏んで、誤らないとは!失礼な奴だと思って)。

 

東室蘭駅9:07着、彼は幾度も来てるので今日は“いつでもウオーク”の室蘭へ。

モダン?な東室蘭駅西口。  

コースに従ってウオーキング開始!一人で黙々参加の方(私も)、ご夫婦、グループと。    

2級河川、知利別川  

溶鉱炉が見えます、九州若松育ちの私には懐かしい光景(向かいは八幡)です。  

歩け、歩け!  イタンキ浜へ。 

室蘭線の跨線橋から東室蘭駅を。  室蘭警察署。 

イタンキ浜へ。     

この先に鳴き砂があるようですがパス。   

何のモニュメント?  室蘭の町。 

東室蘭の町へ。  日曜日11時頃ですが・・・。 

終点東室蘭駅東口へ。     

室蘭も見たかったので少し急いで?11:21の室蘭行きの列車に。  

室蘭駅は終点。 こちらもモダンな駅。 その先の旧駅。 この駅に降りたかった。

駅前から測量山が見えます。 胆振の中心都市、役所の建物です。  

“いつでもウオーク”は13㌔、帰りの普通列車を考えると・・・、測量山から見ることに。          

山頂へ。   

山頂から。     

蕙山苑、栗林商会栗林家本宅?  

市役所方向。 

駅前のアーケード街、日曜日午後1時過ぎの様子!街が壊れてる?   

お昼は室蘭焼き鳥でもと思っていたのですが、それらしきお店もなく、駅前の回転ずしでもないだろうと、スーパーを覗いても・・・、結局弁当買って駅前のベンチ座って、早々にの旅でした。

 

7月2日(日)晴れのちにわか雨;水と緑と花で潤う恵み野・恵庭ウオーク

なんと言ってもゴールに待ち構えるサッポロビール工場祭りのビール!

コース紹介パンフ。 恵み野・恵庭では普通乗車券で。

恵み野駅、時間は9:05。 今日は若い子や職場のグループが大勢?

80年代に恵庭市三セクで開発された街、よって住宅開発モデルの観があります。今ではガーデニングの街としてよく紹介されます。

駅前メインストリートから。      

専門学校や恵庭市立図書館。   

中央公園 周囲の住宅 

中央公園内。       

住宅地を抜けると北海道!。 

漁川に沿って。      

千歳線の鉄橋、プレートガーターかなりの年代物   

恵庭駅を過ぎて郊外の工業団地。 

サッポロビール庭園駅まで残り1.5㌔の村上牧場、割引券貰てますがビールが・・・。  

オット、一転にわかに掻き曇り、雷と大粒の雨(携帯カサ持参)、前に若い子が濡れています。

傘を貸そうかと・・・(私は濡れても?)、走って行ってしまいます。

雨はすぐに上がって。

ビール用の大麦?  

ゴールのサッポロビール庭園駅 向かいはサッポロビール北海道工場

サッポロビールビヤフェスト“おんこ祭”に合わせたウオーキング!。工場内一般開放、生ビールクラッシク、黒ラベルが200円で制限なし!!

屋台やご当地グルメ、ジュース関係からイベントもあり家族ずれでこの賑わい。テント持参で・・・、飲ベイ天国。豊かな国ってこういった光景が日常の中に、でしょう。

          

持って来たおにぎり食べ、つまみのソーセージでクラッシクと黒を頂き、気分よく帰りの電車に。

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おっさんの一人旅 壬申の乱をたどって宇陀から榛原経由名張。

2017-04-01 17:00:05 | 旅行記

3月23日(木)晴れ

やはり下からの寒気で・・・、コンビニでカイロを用意するか・・・。

朝食はインスタントラーメンで。

7:37出発、痕跡なし! 当然お便所使わせていただきます。やはり清潔!トイレットペーパーも。。

宇陀の町並拝見しながら離れます。でもこの時間では人通りはないのですが、日本の豊かさを感じてしまいます。

  

ここ宇陀は昔から薬草の採取地、森野旧薬園碑。看板は吉野葛ですが案内をお願いできるようです。 

この様な住宅を維持するって公私のエネルギーは半端でないことでしょう。    郵便局も合わせて!    

ここまで街路整備されたなら電線の地中化を一気に・・・、限られた予算の中でやった事、後でああだこうだは失礼!、街の人達にただただ敬意。

軒下まで漆喰!防火でしょうか?  職人さんまで含めた維持システムも・・・、街の生活も含めて。。 

側溝を流れる水、道標にかかれた地名。 

宇陀松山藩陣屋町としてできた街は江戸時代は天領。伊勢街道、初瀬街道の要衝、また薬草生産地として栄えた町並みのようです。

  

人の見えない中、9時には離れ、宇陀川に沿って榛原まで、自転車道が整備されています。   

川は農業用水の取水堰が多い為か魚影が見当たりません。 

でも右上の水はね、カワセミが潜った後!残念! 小魚をくわえていました。

榛原手前の桜並木、これを書いてる今は満開? 

11:20榛原の町 宇陀市役所。 近鉄榛原駅。 近鉄沿線のベットタウン。 

お昼前です。まともな食事も頑張りの元、で駅からの商店街?の中のお店へ。大当たり!定食700円ですが、とんかつにサバの焼き物、ひじきの小鉢?サラダ、味噌汁?香の物、ご飯とテーブル一杯に。

ひょんな話から中国談義、身近な人で中国からお嫁さんを迎えたんだが、やはりダメで帰られたとかの話。

「あたらないかもしれないが、中国ではみな仲間がいて、食事などは一人で食べる事はなく、貧しいなりに、皆助け合ってるので、急に日本にきて、一人での生活では余程のことが無い限りむり、子供でもいれば頑張れるかもしれませんが・・・・。」

「日本はどんな地方に行っても豊かで、どこでもお年寄りもきれいです。でも豊かさとは単純ではないようです。」

変わった話題でついつい、「また来た時はどうぞ!」で名刺いただきます“ハンドメイド&クッキング、フレンド 幸”さんでした。

 

榛原から室生大野への国道、道路脇の融雪剤。北海道から見れば少し異様な光景です。  

ゴミの焼却施設 日本では法令で各自治体による廃棄物の処理が義務づけられ、こういった処理施設が全国隅々まで、でもまだまだ世界では余裕のある?国でないと・・・。

そう、均質な豊かさ!・・・??。 

室生寺への道、 2013年かに訪ねています。http://blog.goo.ne.jp/haishi4706/e/0516268ea98d3379bcf84e93953587da

榛原から室生大野を通って名張へ抜けるまでの宇陀川は険しい地形を縫っています。1400年前の道は何処を通って?

    

物語では名張手前、ここ三本松あたりで夜を迎えたようです、宮滝から40㌔の地点。 大海人一行は夕暮れの中、休まず名張へ。私は・・・。

時間は3時半過ぎ、既に20㌔?、今日のサイト予定地道の駅“宇陀路 室生”です。 向かいにはロウソン、駐在所。  

今晩の携帯カイロだ!とロウソンに。説明書き読むと就寝時には使用しないでと!フム・・・。さんざん考えた末もう一日我慢!万一より我慢を選択。。

目立たないように駐車場がけ下で。 まえは宇陀川。 

レストランあるので今日は奮発!うどん&ミニカツ丼定食、地ビール。

寝酒用にワンカップ(つまみは昨日の奈良漬け)、お土産少々。

昨夜と同じくゴアテックスの雨具も着込んで、早々と就寝。携帯も鳴ることなく、全ての情報を遮断?されてる・・・。

 

3月24日(金)晴れ、今日は名張まで10㌔?関空は17:35。

今朝はそんなに冷えず(慣れただけ?)、明るくなったところで、起床。 

体調よし!で、まずは夜露を付けてるフライを看板利用して少しでも干します。

日常と同じよう?に用足し、洗面へ。道の駅の年配管理人?さん。「おはよう!どの車で寝ていたの?」、・・・「ア、いやテントです。」、おじさん「・・・・」。

ここももちろん完璧。 こんなメッセージ初めて!ここの人達の人柄を感じます。

朝食はもう一つのインスタントラーメン。今日は飛行機、で、それなりのパッキング。

7:45出発。駐車場奥の面白いオブジェ。  

三本松駅入り口、名張まで9㌔と。 俄然交通量が気になります。

畑にはネギが!カミさん野菜だけを待ってるのでしょうが・・・。 

米粉のカステラ!これからなので寄る余裕なく。 

沿道の六地蔵さん。 

なかなか山間から抜けません。 

逆に交通量の割に歩く所が無くなって!引っ掛けられたら?こんな記事“北海道からの70歳の老人ザックを車に引っ掛けられ即死”

    

でも可笑しいんじゃ・・・、道路に人が歩く所がないなんて、後進国以下かも!!

“後から迫ってくる運転手さん、どうぞわき見しないでください!”と呪文を唱えながら、無事通過!。

やっと国道からそれます。  

国土地理院の地図持参です、現在地確認しながら田園の中をのびのびです。 

素晴らしい台地の集落、地方豪族と言った感じ。 

近鉄電車の横を。 食用でしょうか。 

東、伊勢方面の山々 

西側山腹に開かれた近年の住宅地。 どうしてこんな所に!何年か前 広島安佐地区?での土石流を思います。どんな手立てをしてもこの地形は変わらない、早めの避難しかありません。

振り返って、榛原方向。 

名張市赤目町丈六地区。赤目とは何か・・・。   

家の前をきれいな水が、と、ある家から白く濁った排水が水路に!興ざめ。  

黄色の花が木一杯に、春。 

名張の町、源流から付かず離れずやって来た宇陀川。 

川越しに見えた葬儀場、壁面には“あなたを忘れない”会館名“紫蘭しらん”。 

立派な道標、解説ないのでどこまで60丁か・・・。 

名張の町へ。 宇陀川は名張川に合流してここまで。 

江戸川乱歩生家。 

初瀬街道やなせ宿?伊勢街道は?   

造り酒屋。  

地元歌人について。  

名張町中の道標、“いせ”と・・・。 

名張藤堂家屋敷跡は?今は学校か? 

10:40名張駅到着!今回一人旅終着。 駅前ロウソンでアジフライ間食。コンビニはロウソンばかり、なぜ?。

ここは1時頃発てばいいので、観光案内のパンフで見どころを。名張藤堂家屋敷は小学校前にあります。

藤堂家の分家、よってお城は無く上級武士の屋敷遺構が評価されて。          豊臣秀吉朱印状  秀吉、丹羽長秀書簡    

少し早めですが急行に合わせて大阪上本町、乗り換えで難波。

難波駅前商店街のうどん屋さん、30年から続いてるそうで、親子丼セット510円!安!ウマ!満腹!。  大阪食い倒れ!と言うんでしょうか???

4時前ですが関空到着。 予定どおり北海道帰着!ザックも回収して帰宅。

そして日常?がまた始まります。

 こんな感じの地形図です。

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おっさんの一人旅 壬申の乱をたどって矢治峠越え宇陀。

2017-03-30 13:42:17 | 旅行記

3月22日(水);気持ちよく青空!それにしても昨晩は寒かった。いつものダウンは嵩張るので、セーターとユニクロダウンにしたのですが・・・。下からの寒気でしょっちゅう目覚めました、その割に目覚めはいい感じ。

朝食はバターパンに、ドライお粥。まずは体をあたためて、7時には撤収。 

7;30には清潔な便所でスッキリ(トイレットペーパーも完備!中国では・・・)で、さあ出発。 この軒下の方が・・・。

丁度お日様も。上流の大滝ダムが有ったんでは吉野川も死んでます。 物語では勇壮な情景ですが。。

街から資料館を見ます。 

昨日宿泊断られた旅館から丁度お店の人が出発するところ。 

吉野川に沿って菜摘のを通ります。    

当時はどんな道が、どう設定されていたのか?

下矢治で矢治峠越え入口道標 

この道幅では国栖人に担がれた讃良たちの蓮台は・・・(など想像しながら)。     

標高差百メートル程の矢治峠。 と、重機の音!何やってる? 

津風呂湖が見えます。  杉林の間伐施業?でも横がこれでは。。

大海人皇子一行が壬申の乱で最初に迎えた矢治峠越え脱出行ですが、津振川もダム湖の下ではあっけなく。

ダム湖畔側の入口。 

この斜面の上で重機が・・・。 

ダム建設時の採石場所?その緑化工事か?。私的には、なんともバカな事をと言った感じ、近年の大雨を考えれば、わざわざ災害の元を作ってるとしか思えません。

津風呂湖の様子。春の田植えに備えて満水状態。 

湖底の津振川をさかのぼって色生、宇陀へと急ぎます。  

3人の釣り人、ヘラ釣りか?。入漁料払ってたようです。 お金払っての魚釣りは馴染めないなー。

入野(しお?)   

国道合流。 

道路脇のゴミ!、ゴミの無い日本?変わらないジャン。 

10:10色生(いろう)。行動食は残りのバターロールで。  

山間の家々ではすぐ裏山から我が家を守らねば!でもこの裏山の工事どこがやるのでしょう、個人でここまで・・・?(補助事業かな??、内地ではいたる所で見られます)。 

三茶屋  

 

宇陀市に。   日本では地方に行くほど住宅が素晴らしいのは?

先に人が・・・?。 案山子でした! 

大宇陀栗野。   

関戸峠。  

大宇陀の街に近ずくと歩道が現れます。 ホッとします。

国道から右旧道町並みに入ります。 

酒蔵が2軒ほど、懐かしいポストも現役。     

13;00国道へ戻ると道の駅大宇陀。レストランは休業!  

道の駅側フードコーナーでまずは草餅でビール、で、山菜うどん。 

ここまで約20キロ?、“温泉あきののゆ”があるのとここ阿騎野は物語によく登場します、少し同じ気を感じたく、今夜のサイト地に予定しています。

サイト予定地は万葉公園、入口駐車場には便所も完備(水もあります)。 

勿論キャンプは不可でしょう、で・・・。  

幸い?ウイークデイ、まだシーズン外、と、犬の散歩の人(犬の散歩も禁止の看板あったぞ・・)。お互い様!

居なくなるのを待って、目立たない所(奥に黄色のテント)に設営。 

公園内の阿騎野の案内看板。   

身軽になって町内散策、温泉へ。公園下の梅の古木? 

まず近くの阿紀神社に。 伊那佐山方向。 

阿紀神社近辺に当時屯倉が置かれる。脱出行ではここで昼食!やっと一息ついた大海人一行でしょうか、時速5キロの計算?。千年以上前の道路事情を想像すると皆健脚!それとも事前に脱出時を考えて整備していたのか?(そんな事考えながら、私は3㌔がとこ)。

阿紀神社。  社殿は南向き。 境内の能舞台。 なんだか配置が・・・、マ!イイカ!。

移動中にパワースポットの立札?と、この案内看板。     縁あり!

“あきののゆ”に移動。左大宇陀体育館、右ふれあい交流ドーム。 

体育館に併設して人麻呂公園(柿本人麻呂です)。  

交流ドーム右奥に“あきののゆ” “あきののゆ”到着。 

水曜は65歳以上は500円!ここ阿騎野は当時から薬草産地、薬湯(大和当帰)にゆっくり入って(テント一人旅特権?)。

隣の特養老人ホーム。 エリア内の大宇陀こども園。 

こども園駐車場越し“あきののゆ”を。 

ここ宇陀市の街の中心は近鉄駅がある榛原に、市役所もそちらです。でもこの豪華な施設群はどうしてなのか?里山二つほどつぶすと十分な敷地が・・・、いろんな所からお金が来るし・・・、で???。

榛原まで10キロ近くあります、費用対効果、維持費、etc。豊かなのかな~。

北海道は今鉄道がずたずたになろうとしています。宗谷線は士別・稚内間、網走線全線、根室線釧路・根室間はお金足りませ~ん!その他のローカルはもう止めてバスにしてくださ~い!私達JRは民間会社で~す。もらっていた貯金はあと3年分しかないので~す!。なんだかしっくりこないのは私だけ?

マ!イイカ!

温泉からの帰り、道の駅で地酒ワンカップ(醸造アルコール入りだった!)、つまみの“きざみ奈良漬け”、スーパーでパックご飯にレトルトカレー。晩酌、晩飯確保で我が家?へ。

今晩はあるだけ着込んで寝ろっと!

明日は室生大野三本松 道の駅まで。

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おっさんの一人旅 壬申の乱をたどって芋峠越え宮滝。

2017-03-27 14:13:40 | 旅行記

中国旅ではありませんが。。

日本史唯一の王位簒奪の争、壬申の乱。その史実を題材にした黒岩重吾「天の川の太陽」によれば、大海人皇子は671年10月20日近江大津宮から明日香嶋宮21日嶋宮から吉野宮滝への逃避、672年6月24日吉野宮滝から美濃桑名への脱出。

そこで「天の川の太陽」を読み返しながらの3泊4日、70キロのロードの旅。

近鉄飛鳥駅から芋峠越え宮滝→矢治峠越え宇陀→榛原経由名張まで、宿は自前のテント泊。

史実は645年中大兄皇子(後の天智天皇)、中臣鎌足による宮中大極殿での時の権力者、蘇我入鹿の惨殺と蘇我氏本宗家滅亡を内容とする乙巳の変とその後の歴史教科書で記述される大化の改新で幕あける。

中大兄はライバルや目障りな者(兄 古人皇子、蘇我石川麻呂、有馬皇子)を排除しつつ、母斉明天皇の皇太子として執政するが、663年朝鮮半島での影響力を競った唐に白村江の海戦で完敗(662年斉明天皇崩御)。

667年唐の来攻に対して、宮を近江大津へ移し、668年天智天皇として即位する。

671年それまで次の天皇候補とされていた弟大海人皇子(天武天皇)をスルーして我子 大友皇子を皇太子とする。後難を恐れた大海人皇子は頭を丸め10月芋峠越えにて吉野宮滝の離宮に移る。

12月天智天皇崩御。

672年6月24日宮滝の大海人皇子は妃 讃良他皇子たち全員を連れて、宇陀→名張→伊賀→積植山口(柘植)→鈴鹿→桑名への道を徒歩・馬にて一昼夜半?で移動、美濃尾張で天皇を称し2万からなる大兵団を組織。

不破関(関ヶ原)へ移動、7月2日近江朝軍と戦端を開く。琵琶湖東岸での戦いは23日大津宮陥落、大友皇子(弘文天皇)自刃(25歳)で壬申の乱は終わる。

一発逆転の地で感じられる物とは?。

 

3月19日(日)札幌はまだまだ冬景色 

関西は春 いつもの蠟梅も

3月20日(月・祝)恒例の姉達との墓参り、諸般の事情?から今年も京都知恩院。その夜は大阪上本町近くのホテルで再会と一年の健康を祝して・・・。

 11時半頃八坂神社前、食べ物屋さんの行列、人それぞれです。

 

3月21日(火)近鉄阿部野橋から奈良飛鳥駅へ 小雨肌寒し、防寒も兼ねて雨具着用、傘さし。

9:25飛鳥駅前   まずは朝風峠越えで稲淵へ。

明日香檜隈(ヒノクマ)の地、見えるのは文武天皇陵。  

文武天皇陵の北方にはお祖父さん(天武天皇・大海人皇子)、お祖母さん(持統天皇・讃良妃)の陵もあります。

寒いと言ってもすでに春。 

吉野川分水路、山の向こう吉野川から飛鳥川へ、戦後奈良盆地営農強化の土木工事。  

朝風峠へ  

明日香稲淵の棚田の様子。 檜隈、稲淵こそ蘇我氏の根拠地。飛鳥の宮々は蘇我氏の地!

稲淵入口の綱掛神事男綱 稲淵側より 

稲淵の集落、この豊かさは何処から?  

稲淵にある南淵請安墓    

墓より栢森方面 関西大学飛鳥文化研究所 

雨は時として強く、一人楽しみます(余裕あり)。  

栢森入口の女綱。   

栢森集落、芋峠の山並みが迫っています。671年旧暦10月20日霙交じりの中、大海人皇子、讃良一行30名かは・・・。 

栢森集落   

集落外れ古道芋峠方向分岐。 

飛鳥ホタル保護地と近くに用意されてる融雪剤。  

入谷への途中、古道芋峠入り口11:30。  

近鉄阿倍野駅で買ってきたサンドイッチで昼食。

歩き始めた道の沢筋に仕掛け檻、まさか熊では・・・。 ここまで誰にもあいません!

さすが吉野宮への行幸道!コンクリート舗装?はともかく苔むした所は古道を感じ・・・。 

といくらも行かないうち、ここからが本物? 

小垰。   

行者で県道と交差   

右に登って、県道と付かず離れずで。 三軒茶屋跡 

飛鳥時代の峠越え行幸の様子。 

さて問題の道標。 この道標読んで芋峠頂上へ登ります。

峠に頂上?展望台から吉野の山々を・・・、と、最後の登りだと急登を10分ほど、で、ピーク、樹林の中。道は続いていますが・・・(ブログに載っていました)。

戻ってよく見ると、下に県道!ここが古道芋峠!。 

県道芋峠からの入り口。 県道芋峠。 

現在災害の為通行止め!静かな県道。 

吉野側200m程行った右に古道芋峠道標。 

過っての行幸道の感じ? 

道標はこの様に願います。 

県道に合流、観音堂公園? 千股のお地蔵さん 

千股川に沿って上市へ。 

上市、伊勢街道表示。  

吉野川にそって宮滝吉野宮へ。 雨は止む様で止まない。。

 

宮滝手前の中荘温泉も、お食事処きぬがさも連休明け休業? 

宮滝到着。 町中醤油屋さんと向かいの鬼?  

吉野歴史資料館休館。時間は4時、今日のサイト地を・・・。 

雨の中のテント張は・・・、で、奮発して暖簾の下がってる宮滝温泉へ、 看板にご宿泊と! 

今晩の宿泊を訊きますが、明日朝早くに出かけるので、受けられないと!!

オオ、宮滝吉野宮遺跡碑。 

向かいは避難所を兼ねた河川交流センター。 便所使用可!(便所・水確保)

吉野川に面しています。 

軒下でテント張る?、道路から丸見え!(花火等は禁止と書いてありますがテント設営は・・・、気の付く人が駐在に連絡してくれると・・・)。

オ!橋の下は雨にも濡れず乾いています。おまけに目立ちません! 

鬼さんの所にザックを取りに、テント設営。今夜はエビチャーハンに豚汁のドライフーズ。

アルコール捜しますがお店も自販機も見当たらず、今夜は休肝日!

1日目終了、明日は矢治峠越えで宇陀まで。

 

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