10月11日(火);3日目
昨夜はお腹も緩んでいて・・・、今朝の用足しもしていません!(車内の便所は清潔に保たれています、しょっちゅう車掌さんが点検するので、寝台車の方は運賃も倍、乗客ミドルクラス?快適です)。
列車は張家口の後、鳥蘭察布、呼和浩特、包頭と大同通らず内蒙古を通っていたんです!見たかったな~。。
北京時間ではまだここ銀川は夜、出口は東側、駅裏(整備されたらこちらが表?)。まずは駅前のホテルを決めて・・・、というスケジュールが。。
出札口にはこの暗い中、沢山の客引き(旅行業者、ホテル勧誘、タクシー運ちゃん)、この人たちに乗ると・・・。サッサと抜けますが、駅前は真っ暗!食堂やホテルの明かりもありません。ここは旧市街から離れた新市街地区、表に行く通路も解らず、なんだか地元の人達の流れに。と、市内バス停!と言っても頭の中のグーグルではバス停名まで入っていません(何時もはすぐに地図買って現在地から行動するのですが・・・)。
バス停路線表から適当な距離の所に旅遊汽車站があったので、まずは目指します。バスは1元乗る時に料金箱に入れればどこで下りてもいいので。。
暗い中、広く一直線の道路(上海路)を旧市街?へ(今確認すると10キロ以上)、どこ行くのかな~。。
オット!明るくなった街の旅遊汽車站降りずに次で下車、一時間ほど経って7時半、近くにホテルはとおじさんに尋ねると、表通りの北京路だと。
その前に腹ごしらえ、これはと思ってると訊ねたおじさん、おいでおいでしています。?お店の人?
スタッフは清真(モスレム)の女性親子交えて4人(おじさんはおとーさん?)、目の前で作って、お店の外で蒸し上げています、燃料は石炭。
小米希飯、小龍包で10元。 美味しかった!おじさん、どうだ美味しいだろ!と・・・。
おじさんの指さす方へ、途中の超市(雑貨屋)でここ銀川の地図購入5元(やたら会社や商店・ホテル名ばかり、バス停も路線表示もなく役立たず!)。
大通り北京路を左に曲がって・・・、ウム?この奥の?7天連鎖酒店(ホテルランクは招待所-賓館-酒店-大飯店、例外多々あり)かな?で入って行きます(奥の黄色の建物)。外国人OK(日本人パスポートみて喜んでます!)で単人間115元、押金200元。
翌日清算時、さかんに何か言います???、5元を渡せと(小零銭だと!一生懸命言う事なのかな~)。ともかく今日の宿確保、8時前チェックイン!。。中国のホテルは3時からだとかうるさく無い所助かります(こんな中国が好き!)。
まずは西夏王陵を、真向かいにバス停あります(日本とは車線は反対方向です)。専車1路で王陵まで行けます、始発は2つ手前。
私のホテルの向かいは同じ酒店でもデカ!貴ソ!でもよく見ると営業していない様(駐車場はいっぱいですが?)
写真は散水車を、道路中央を、思いっきり水を飛ばして、広い道路一気に片付けます。巻き込まれた車も人も・・・。信号で停まった所で水は出ていませんが。
8時半ころから待ってるのですが・・・、30分近く。路線表を確認してると端っこに時間!8:30、9:30、13:30?、出たすぐ後に来たようで。。タクシーは駆け引きで疲れるし100元は間違いない?
9:35乗車、街を突っ切って8元。王陵までのお客は私含めて3名、市内バスと違って従量制?なのでなんぼ車掌さんがバス停で誘っても乗ってきません。こちらは快適!でもその少ない乗客で顔パスの人?いいじゃん!
新築中のビル、中国では一般的に高層建築でもまずコンクリート、そして外装、設備は??。外装はゴンドラで済ませるようです(溶接やコンクリートアンカーを多用してるようですが、強度、耐久性は大丈夫かな(そんな先の事何言ってるのか・・・)。マ!形が見える事優先社会ですから。。
何やら広々、他を圧する存在感の建物!銀川市党・政府・人代・政協の建物です。前の広場は人民広場(人民見えませんが!)。
すぐ隣のブロックに大連万達のビル、この名前後にも何回か出てきます。
旧市街と駅市街の間を都市開発した?まだいい方です、オルドスのようにまるっきりお隣より。土地はふんだんに!
それにしても完成してるのに???。権威ある政府の建物から11分の所。
共産党は現在新状態(ニューノーマル?)と言って外需から内需、沿海部大都市から内陸部都市へ、大都市から中小都市へ、農民の移動を政策とし始めました。でも農民がこれを買える?
共産党の朝令暮改はみんな知っています。政府政策を先取りして食い逃げするか、皆で渡れば・・・まで様子見!今回の旅での隠れたテーマです。
バスは銀川駅のバス停を経由します、大きさ判ります?、ここ駅前も開発中でしょうか?止められない、止まらない状態。走りながら考える国です。タクシーも3種類ほどみえます、ある意味今の中国。
駅玄関口、懐遠路、この通りのホテル予定でした。マ!没問題!
いくらも行かない(バスで2分)所ではまさに再開発?(再開発はじめる前にこの塀で囲います、日本の仮囲いより・・・、いや、こちらの方が破られない!)
左には取り壊される前?の低層住宅が見えます。住んでた人は何処へ? 街を壊してこの再開発、新状態農民の為とはとても思えないのです。街が壊れています。信じられないでしょうが時系列で掲示しています。
誰が何のために?を考えると共産党中国の行き着く先が見えるようですが、私だけ?
地続きの開発が終わった所?ですが・・・、大丈夫!没問題!その内みんなやってくる!!。過って墓石の件で来てる時に思いました、この国は見込み生産の国なのだな~。。売れそうだな~と思ったら作っておく、売れてるから作るでは間に合わない?でも今はそれだけではないような・・・。
万達広場の広告塔、お店には看板も上がってるようですが、中は空っぽ。機能してるなら人で溢れてるはず。。駅前繁華街から4分です、40分ではありません!
バスはあちこち寄りながら(誰も乗って来ないのですが)1時間半ほどかかって郊外の王陵に到着。
バスは駐車場奥で休憩。帰りは8:30のバスで帰りましたが、乗ってきたバスはまだ休憩中でした!
国慶節は人で溢れたかも、今日は閑散!左は土産物屋さん、ズラッと並んでましたが、諦め?状態。
門票95元?当然“老人票!”とパスポート、免費でした(タイミング覚えました)。入口から陵墓まではカート(まさか老人が歩いては・・)20元。
併設の博物館へ。
このジオラマが好きです。周辺の地形が解るので。興慶府(銀水)黄河、黒水城(カラホト)、祁連山脈(前々回敦煌行で)、宋・西夏攻防の横山地区が一望。
統万城遺跡が過っての夏州、近くの靖辺にありますが、道筋から外れるので諦め。
彼は河西回廊の制圧から西夏文字の制定等、王国の基礎を作ったのですが在位11年かであっけなく太子に殺されます。
西夏文字について知りたい方はこちらでhttp://dsr.nii.ac.jp/rarebook/08/
1041年宋との一大決戦、好水川の戦い。 この図好水川上流にある六盤山麓でジンギスカーンは亡くなったとか!
博物館展示品、網羅したつもりです。なにせ撮影とかの制限はかかっていません、その程度の物?
3号墓泰陵(李元昊)のジオラマ。切断部分が下にあるのも気になりますね!
その泰陵です、賀蘭山を背景にいい感じで残っていると思って入って行くと、なんとも中途半端。風が聞こえてこなかった!。
ここまで石畳で陵墓内は砂利道! 特に陵墓の前の盗掘跡?陥没跡?は保存してるのか単にほったらかしてるだけか?よく解りません。
よく見てください基壇上に礎石はあるのです!低くても観覧台でもあればいいのですが。
少しズームをかけたのにはっきりと1号2号墓が見えるかと、他に6基合わせて9基かの陵墓が一帯にあるそうです。
お昼を過ぎています。
カート道に戻るとカートのプールがあり、3台ほど待機状態。門口に行きたいと言う?と何やらこれとは違う?そっちで待てと言ってるよう。
やがて来たカートに乗ると、後から来た人達何やら話して、あちらのカートに乗り込み即あちらへ出発!
ア!あちらのカートは1,2号墓へ行くのだ!(そういえばチケット買う時、服務員がなんだかそれらしき事・・・)。歩いて回ろうかと思っていたのですが、あの遠さを見て萎えたのです。
フム・・・、縁が無かったな!!
12時半前に戻ってくるとバスはまだ2台ともそのまま、時刻表を見ると13時かの出発!これはこれで正解?
衛生間から入り口前駐車場方面を!これだけの広さ要るのかな~。
上空を人民解放軍の戦闘機が2機編隊でさかんに訓練しています。Su27?
時間になると休憩室?から運ちゃん、車掌が起きだして?きて、さて帰ります8元。
途中にあった西夏風情園、テーマパーク?一人下りましたが、興味ありません。
この後承天寺塔をたずね、明日のバス停確認とチケット購入。