「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

まえがき(1)

2005年11月12日 21時34分14秒 | 「境界に生きた心子」

(「境界に生きた心子」の本文から一部を抜粋して紹介させていただきます。)

---愛くるしく楽しい心子。
 純粋で果てない理想を追い求め、我が身の犠牲も厭わない。
 しかしひとたびキレると、その怒りは相手を致命的にこき下ろす。
 そして見捨てられた嬰児のように、寂しがり屋で傷つきやすい心子。
 正に万華鏡のごとく、心子は陰と陽の境界を狂おしくさまよい歩く。

 心子と過ごす日々はすこぶる愛しくて愉快な一方、壮絶な葛藤の連続である。
 激しい感情の起伏に自他を巻き込みながら、心子は天と地のみぎわで千変万化の悲喜劇を繰り広げる。
 彼女が欲するのはただ、際限のない愛情だけなのだ。
 しかし、一%でもそれが欠けようものなら、深い悲しみが恐ろしい怒りとなって襲いかかる。
 彼女を救うことができるのは、ひたすらな愛情でしかなかった---

(続く)


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「境界に生きた心子」を読んでくれた女医さんのお話(5)

2005年11月12日 16時41分27秒 | 「境界に生きた心子」

(境界性人格障害の治療法の続き)

「そうした下準備を丹念にした上で、以下のような様々な訓練を行います。

 認識の歪みを認知させ修正させる
 例えば普通の人が『よいこと,普通のこと』として使っている言葉に、彼女らの場合『悪い意味』が刷りこまれている
 その事実を認識させる

 更にその刷りこみを一つ一つ修正する
 自分と他人の感情を客観的に観察できるようにする
 自分と他人の感情を区別する練習をする
 感情が起こった時に今までと違う行動をとれるように訓練する、等々

 他にも色々な訓練を本当に一つずつ手取り足取りしていく必要があります。
 なのでこうしたタイプで心理学を深く学んだ人は、
 周りの助けの中から自力で上記の方法を探し出すか、
 感性とパワーが自分と同等以上で上記のことを理解している治療者と巡り合う、
 くらいしか脱出方法がないことがあります。

 心子さんもそうしたケースに近かったのではないかと思った次第です」


 心子が生きているときに、先生に診ていただいていたら彼女はどうなっていただろうかと思ってしまいますが、
 先生がボーダーの人と深く関わるようになったのは、時期的に彼女が亡くなったあとで、その経験から色々なものを得たのだということでした。

(続く)

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「境界に生きた心子」を読んでくれた女医さんのお話(4)

2005年11月12日 09時50分16秒 | 「境界に生きた心子」

「こういうタイプの人でプロ意識がある人ほど
『この激しい感情がなくなったら苦しんでいる人達に共感できなくなってしまう。そんな鈍感な人間になるくらいなら感情と共に討ち死にした方がまし!』
と思ってしまいやすく、
感情をコントロールするのを怖がる傾向があります。

 また『感情に巻き込まれず優しく応対してくれる人』に対して
『とってもいい人だけど所詮私の気持ちはわからない!』と、
人柄は認めても感性は見下しがちです。

 ですからこのタイプの人に対しては
『本人の〈その時々の感情と完璧に同じ感情エネルギー〉を表現して共感を示した後、すばやく感情をコントロールして巻き込まれずに対処する』
ということを繰り返しやって見せるのが効果があります。

 そうすることで
『共感できる感情を持った上で、更に感情をコントロールする方法がある。その方がもっと能力が上だ』
と体験的に教えることができます。」

(続く)

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