宮美庵

幸せはいつだって、わたしの中に。

幸せは どんなときも 私の中に・・・

新道展へ 叔母の絵を観に・・・

2015-09-09 20:05:50 | 家族・親戚

日々、簡単には綴れない思いがあり、

ブログを書くエネルギーも湧かぬまま、一週間が過ぎました。

 

でも!今日は叔母の絵を載せたくって、書き始めました

あら、また叔母さんのこと~?って言わないで~。

前回とは別の母方の叔母。

両親には兄弟姉妹がたくさんいて、

叔母たちは、私の人生の「お手本」であり「憧れ」なのです。

 

前置きが長くなりましたが・・・

先週、札幌市民ギャラリーで開催されていた『新道展 第60回記念作品展』を観てきました。

20年前に会員になった叔母の絵は、「第2室」に展示されています。

 

入り口に立ってその一角に視線が行くと・・・

私の心が すうっと その空間へ ひき寄せられてゆきました・・・。

あぁ・・・なんてきれいな絵なのでしょう・・・!

一目で叔母の絵とわかりました。

ひき寄せられた心を体が追うように、真っすぐその絵の前へ。

 

絵のお仲間の方たちが叔母へ語ったコメントは、

「ブルーの絵からブルーの空へ、そしてブルーを効果的に使ったとなりの人の絵へ とつながって、

あのコーナーはとてもきれいだ」と。

なるほど・・・

ふつうは叔母の絵しか撮らないのに、図らずもこの一角を撮った、

このときの無意識の私の感覚を、

意識化できたとしたら(デキナイケド)そういうことだったのでしょうか?

 

叔母の絵はほんとうに「きれい」でした。

 

過去の作品も、心に響くものがたくさんありました。

これは1986年に新道展会友推挙になった作品

「季節の中で」

 

 

あ、この写真は、

叔母の長男夫婦が作った画集(写真を印刷したもの)をさらに撮ったもので、

本物とはだいぶ違っています・・・

でも従弟夫婦の、お母さんへの深い愛が籠っているあたたかな手作り画集なのです!

 

 

木をモチーフに描き続けている叔母の絵には、

心象風景だけでなく 自然に対する思いや祈りやメッセージも。

「緑韻」

 

 

「デフォルメされた木と 様々な調子の緑が 織り成す音楽のよう」

9年前の札幌での個展の印象を、そう表現された評が美術関係のサイト(北海道美術ネット別館)にも載っていました。

 

そしてこれは・・・観た時 胸が締め付けられるような思いがした作品・・・

「私の空」

   

叔母を心から愛していた 優しい優しい叔父(叔母のお誕生日に 毎年薔薇の花を贈っていた)が、

68歳で、闘病ほんの2カ月半で亡くなってしまった後に描いた作品・・・

「慟哭の森」

 

 

そして今回の絵は、叔父のいない日々の悲しみに加えて、

叔母自身の過酷な病の苦しみの中で、

描かれたはずです・・・

一緒に観に行った義姉は美術科の出身で、

「きれいね~!」と感心し、

「この絵を描き上げるには 何カ月もかかったはずよ・・・」 と言っていましたが、

小柄な叔母が 心も体も痛みに苛まれながら、

いったいどんなふうに描いていたのだろうかと、

それだけでも 胸がいっぱいになりました。

 

けれども・・・その絵・・・白く輝く木々と 光を帯びた緑と 美しい哀しみを内包したような青 の世界は、

今までにないエネルギーを 放っていました。

私はこの絵の前に立った時、

叔母の 静かに澄んだ心 を感じました。

まるで 覚悟を秘めたような 凛とした魂を。

今までの絵の中で、私は哀しいほど美しい この絵が一番好き  そう強く感じました。

 

大好きな 憧れの敬子おばちゃん。

「もしかしたら これが最後だろうと心のどこかで 半ば覚悟していた時」だったので、

最初は「空へ」という題だったのだと、

今日届いた手紙には書かれていましたね。

あぁ・・・やっぱり「覚悟」の思いが籠っていたのですね・・・

でも、それが 過去形であったことに、ほっとしたのでした。

そして、 

さらに深い境地へと向かっているような 「敬子おばちゃん」の絵の世界・・・

どうかこれからも、

まだまだ、

楽しみにさせてくださいね・・・!

 

「樹空」

コメント (2)
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