ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

Burial

2020-10-26 | 映画・マンガ・アニメ・ドラマ・音楽




 Burialの名はマーク・フィッシャーのブログで知った。
 ウィキペディア(日本版)には、「ブリアル(ベリアル Burial /ˈbɛɹɪəl/)は、イギリスのロンドン出身のミュージシャン、ウィリアム・ビヴァン (William Bevan) のソロプロジェクト。」とある。
 このプロジェクト名、日本語にすれば「埋葬」だ。おいおい……という感じだが、しかし今年(2020)の62回グラミー賞を席巻したビリー・アイリッシュのブレイク曲が“bury a friend”なんだから、今やこれくらいべつにアングラってほどでもないか。
 2006に出たファーストアルバム『Burial』について、「これこそまさに僕が何年も夢見ていたアルバムだ。」とマーク・フィッシャーは書いている。ぼくがその文章を読んだのはごく最近のことで(そもそもマーク・フィッシャーのことを知ったのがごく最近なのだ)、すぐにyoutubeで聴いてみて、彼からほぼ14年遅れで、ぼくも同じ感想をもった。
 2000あたりだったか、輸入CDをよく買っていた時期があり、そのころ好きだったのがトリッキー、マッシヴ・アタックなどのいわゆるブリストル・サウンド(トリップ・ホップとも称される。厳密にいえば微妙に違うんだけどね)で、ことにポーティスヘッドの2ndはよく聴いた。ひどく荒っぽくいうと、ホラー映画のサウンドトラックを知的に再構成したような音だ。1stのアルバム・ジャケットなんていかにもそんなイメージである。(ただしぼくはホラー映画じたいは大嫌い……というかコワくてぜったい観られないのだが)。
 ほかにナイン・インチ・ネイルズも好きだった。「ダウンワード・パラダイス」はじつは「ダウンワード・スパイラル」のもじりなのだ。しかし今このアルバムを聴き返すと、まるで歌謡曲みたいに聴こえちまうからえらいもんだ。音楽業界も進んだし、ぼくの耳も多少なりとも進んでるらしい。
 ドラムン・ベースも作業用BGMとしてよく聴いた。とはいえ、「このアーティストの音さえあればほかは要らない。」とまで思ったことはない。どれも少しずつ物足りなかった。
 Burialはほぼパーフェクトに近い。Burialのもつ暗鬱と官能、脱力感と疾走感との絶妙の兼ね合い、ブルージーとノイジー、メタリックなビート、どれもが「僕が何年も夢見ていた」ものだ。


 マーク・フィッシャーは、「これこそまさに僕が何年も夢見ていたアルバムだ。」のあとをこう続ける。試訳してみよう。


「(……前略……)Burialは音の偶発的な物質性を抑圧するのではなく、むしろ前景化して、クラックル(eminus注。パチパチいうノイズ音)からオーディオ・スペクトルを創り出している。かつてトリッキーやポール(eminus注。ベルリンを拠点に活動するダブ・テクノの大御所Stefan Betkeのソロプロジェクト名)のcracklology(eminus注。造語。パチパチ音の美学。みたいな意味)は、ダブの唯物論的な魔術をさらに発展させて、録音の継ぎ目を裏返しにして聴かせ、それがぼくたちを歓喜させた。ペンマン(eminus注。イアン・ペンマン。癖の強い文体で知られるイギリスの音楽批評家)が「録音の抑圧や歪みではなく、ノイズ音自体が、われわれが感知できぬなりに存在している何かの正しい表現であるかのように」と評してるとおりに。しかしBurialのサウンドは、トリッキーのブリストルの水耕栽培のような熱気や、ポールのベルリンのじめじめした洞窟じゃない。プレスリリースは、「近未来の水没した南ロンドンの街を連想させる。」と言っている。「パチパチというクラック音は、燃えている海賊ラジオからの音なのか、あるいは窓の外の水没した街の土砂降りの音だろうか。」と。


 引用をもうすこし続けよう。


「近未来か……なるほど。だけど、この不毛な春に湿った霧雨の降る南ロンドンの通りを歩きながらBurilを聴いてると、この音こそがまさしくロンドンの今なんだって気づく。過去だけでなく失われた未来に取り憑かれた街を暗示しているのだ。つまり、近未来じゃなく、手の届かない未来の痛みの疼きに悩まされている街を暗示してるんだ。」







 ちなみにこの「失われた未来」というフレーズは、マーク・フィッシャーの日本における紹介者の一人でもある木澤佐登志さんが気に入っていて、連載エッセイのタイトルにも採用している。




 マーク・フィッシャーの文章はこのあとも続いて、だんだんと凄いっていうか、深いところに入っていくんだけど、どうもgooブログにはそぐわないので、フィッシャーについてはまた気が向いたらnoteにでも書くことにして、次回はもう少しBurialの話をやりましょう。
















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