01からのつづき。
ぼくは悲観的かつ過激な性格なので、根っこは反ヒューマニストである。人間を中心として物事を考えてはいない。早い話、いまの人類ってものはいったん滅んだほうがいいんじゃないか、とさえ腹の底では思っている。これほど文明が熟していながら、どうして軍事と縁が切れないのか。世界各国が軍事に費やしているマンパワーや経費や知的リソースをぜんぶ福利厚生に回したら、地球は明日にでも夢のような理想郷へと進化するだろう。人類のすべてとまではいかぬかも知れぬが、今と比べれば遥かに多くの人々が幸せに暮らせるはずだ。わかっていながらそれができない。今日もまた誰かが誰かの血を流し、弱者が苦難に晒されて、そのいっぽうで(ボブ・ディランが歌うところの)「戦争の親玉」どもが肥え太っている。どうにもこうにもしょうがない。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏の世界的ベストセラー『サピエンス全史』に続く第2作『ホモ・デウス』(原著は2017年刊)には、「もとより人類は多くの危難を克服できてはいないが、とりあえず深刻なパンデミック(疫病の蔓延)や大規模な戦争に見舞われることはないだろう。そのていどには聡明になってきたと思う。」というようなことが書いてある。大外れではないか。これはハラリ氏がうっかりしたというよりも、人類のほうが氏の想定よりも愚かでありすぎたのだと思う。
『サピエンス全史』は人類の過去(歴史)を論じたもので、『ホモ・デウス』は未来を論じたものだ。そのぶんだけSFチックといえる。AIによって齎される未来がけして明るい展望だけではないと予見されている。そこは反ヒューマニズムである。SFとは近現代の文学が産み落とした鬼子みたいなジャンルで、もともと反ヒューマニズムが身上なのだ。中学時代のぼくはSFが大好きだった(文字どおりの中2だったわけだ)。根に反ヒューマニズムの資質を抱えているからSFに惹かれたのだろうし、SFを耽読するなかでいっそうそんな資質が高じたともいえる。
そのあと高校に上がってから改めて「純文学」の魅力に気づいた。純文学というか、このたび扱っているような「主流派(メインストリーム)」の文学といったほうがいいかもしれぬが、こちらはもちろんヒューマニズムに貫かれている。『戦争と平和』なんてとりわけそうだ。トルストイはまさしく人類愛のひとである。
だからぼくにとっての文学ってものは、自らをヒューマニズムの側に繋ぎとめておくための装置だともいえる。偉大な作品を読むたびに、そこに描き出された人生模様に思いを馳せ、そのような作品を書いた作家の才能に敬意を抱く。そのようにして、人間という存在に対する信頼感を取り戻し、「いまの人類ってほんとは滅んだほうがいいんじゃないの?」という自分の内の猛毒を中和しているわけである。
といったわけで前回からつづく「その02」だけれども、『戦争と平和』『自負と偏見』『赤と黒』『カラマーゾフの兄弟』の4作がすんなり決まった反面、あとの選出は難航した。
⑤『ミドルマーチ』 ジョージ・エリオット(光文社古典新訳文庫。廣野由美子訳)。
近代小説を確立したのは世界に先駆けて「市民社会」を築いた英国といっていいと思うが、その英国からの2作目がこれ。しかしこの国から2人の作家を選ぶとして、ひとりがジェイン・オースティンなのはいいとして、もうひとりは本来チャールズ・ディケンズを選ぶべきところだろう。英国を代表する大作家ディケンズさんを差し置いて、知名度において日本では劣るエリオット女史をリストアップしたのはひとえにぼくの好みゆえだ。廣野由美子さんによって新しく訳出された光文社古典新訳文庫版の『ミドルマーチ』がたいそう面白かったのである。
もうひとつ、とかく男性にばかり偏りがちな(男性作家の数のほうが圧倒的に多かったのだから仕方ないが)文学史の中から、どうにかして女性作家をひとりでも多くリストに加えたかったという理由もある。
そうはいっても『ミドルマーチ』をご存じの方はどれくらいおられるだろうか。ウィキペディア日本版「ミドルマーチ」の項を引用させて頂こう(一部を改稿)。
ミドルマーチ(Middlemarch, A Study of Provincial Life)は、ジョージ・エリオットのペンネームをもつ英国の作家メアリー・アン・エヴァンズが執筆した小説。1871年と1872年に8回に分けて発表された。1829年から1832年までの架空のイングランド中部の商業都市ミッドランドを舞台に、それぞれ異なった生活環境の中でともに理想に燃える二人の男女の人生の経緯を描く。副題に「地方生活の一習作」とあるように、ミドルマーチの住民を描きながら、多彩な人生模様と心の動きを描いて、人生について深く考えさせる作品となっている。エリオットは1869年から1870年に小説を形成する2つの作品を書き始め、1871年に完成させた。当初の評価はまちまちであったが、後年ヴァージニア・ウルフが、この本を激賞して以来、今では彼女の最高傑作、英国における偉大な小説の1つと見なされている。
付け加えておくと、この小説は近年いよいよ評価が高まり、「英国における偉大な小説の1つ」どころか、2015年にBBC(British Broadcasting Corporation英国放送協会)が英国以外の各国の批評家たちに対して行った「偉大なイギリス小説」のアンケートで堂々の1位に輝いている(ちなみに2位と3位は、やはり女性作家のヴァージニア・ウルフによる『灯台へ』と『ダロウェイ夫人』)。ディケンズの『大いなる遺産』が4位であった。
あらためて文学と向き合うための10作リスト・03につづく