ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

22.03.20 ウクライナとロシアについて02

2022-03-20 | あらためて文学と向き合う。





 歴史を学ぶのも大切だけれど、何よりもまず、「なぜロシアは国際的な孤立を覚悟でこのような挙に出たのか?」という当面の疑問を抑えておかねば話が空回りしてしまう。ぼくはテレビを見ないし新聞も取っていないので、とりあえずネット頼りになるのだが、ざっと探してみたところ、このサイトが時系列をきれいにまとめて明快だった。天下の日経新聞である。






日本経済新聞 図解 ウクライナ なぜロシアはウクライナに侵攻したのか
https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00000970X10C22A2000000/




 肝心なのは、
①ウクライナはロシアにとって断じて失うことのできない隣国なのに、国内が反ロシア派と親ロシア派とに分かれて鬩ぎ合っていること、
②そして現状は反ロシア派が優勢であり、EU(European Union 欧州連合)およびNATO(North Atlantic Treaty Organization 北大西洋条約機構)への一日も早い加入を求めていること、
この2点だろう。
 「ロシアがウクライナのEU加盟を拒絶している。」という情報に接した覚えはない。プーチン大統領が何としても阻止したいのはNATO加盟のほうだ。NATOはあくまでアメリカ主導の軍事同盟だから、かつての東西冷戦における東側の領袖として、それだけは許しがたいということだ。1962(昭和37)年、アメリカの喉元というべきキューバにソ連が核ミサイルを配備して、あわや第三次世界大戦の寸前までいった「キューバ危機」が引き合いに出されるのもわからぬではない。
 これはすなわちEUが、つまりヨーロッパが自前の軍事同盟をもっていないから起こってしまう事態なのだろうが、かといって今からそういう組織を創ったらどうかというと、それはよけいに話が紛糾するだけだろう。これ以上世界に軍備を増やしてどうする。
 ウクライナ国内における反ロシア派と親ロシア派との確執の中で、反ロシア派が過激化して国内の平穏を脅かし、その脅威がロシア本国にも及んでいる……というのがプーチン側の派兵の口実(のひとつ)であり、「反ロシア派が過激化して云々」については前々回の記事で紹介した漫画『紛争でしたら八田まで ウクライナ編』にも描かれていたとおりではあるが、たとえいかなる理由があろうと他国の領土に侵攻して無理やりに言うことを聞かせようというのはこの時代にけっしてあってはならないことである。
 それにしても、このあいだの米大統領選でも痛感したが、この情報の洪水の中で「事実」と思しきものを見極めるのは難しい。ウクライナ問題については、アメリカの暗部を暴く作風で知られるオリバー・ストーン監督が、2004年の「オレンジ革命」や2014年の騒乱(これらの事件については冒頭にリンクを貼った日経のサイトを参照)の背後にうごめくCIAの謀略を強調して作った『ウクライナ・オン・ファイヤー』があり、いっぽうではまるっきり反対の立場から撮られた『ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ、自由への闘い』というドキュメンタリーもある。ほぼ対極の内容なのに紛らわしいほど題名が似通っているのは一体どういうことなのか。ともあれ、こういったものをなるべく多く見比べたうえで自分なりの判断を下すのが望ましいのだろうが、今のところ『ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ、自由への闘い』がわりあい容易に観られるのに対し、『ウクライナ・オン・ファイヤー』のほうはなかなかアクセスしづらいようだ。
 しかしまあ、何度でもしつこく書くけれど、たとえいかなる理由があろうと他国の領土に侵攻して無理やりに言うことを聞かせようというのはこの時代にけっしてあってはならないことである。この根幹原則だけは何としても揺るがせにはできまい。


 ここでまた少しだけ歴史をお浚いすると、今日の世界につながる民族自決の機運あるいは思想……すなわち「民族主義」が勃然と沸き上がったのはヨーロッパ全土をほぼ巻き込んだナポレオン戦争(1803/享和3 ~1815/文化12)の余勢である。ヨーロッパの国民国家独立運動は、いわばナポレオンの置き土産なのだ。そしてそのナポレオンによるロシア侵攻とロシア側の祖国防衛戦を文学史上有数の規模で描き切ったのがトルストイの『戦争と平和』(刊行は1869/明治2年)にほかならない。
 その「ヨーロッパの国民国家独立運動」は玉突きのように派生しながら同時進行的に拡がっていくが、前回の記事で取り上げたクリミアが舞台となった「クリミア戦争」(1853/嘉永5・6 ~ 1856/安政2・3)にトルストイは少尉として従軍し、セヴァストポリ包囲戦を経験して、『セヴァストポリ物語』というルポルタージュをものしている(この文章が絶賛を浴びたことが、本気で作家を志す契機となった)。
 当時のクリミア半島はもとよりロシア帝国の領土であったが、ロシア人とは別に「ウクライナ民族」なるものが存在し、ウクライナもまた独立国たるべし……という機運が盛り上がってきたのもまたこの頃なのだった。
 そんなわけで、ぼくがもっと若いうちから『戦争と平和』をじっくり読み込んでおればこの事態に際して作品論と現下の情勢とを織り交ぜながら面白いブログが書けたのかもしれないが、力が及ばないのがもどかしい。