カストルプが架空のキャラであるのに対し、「カプローニ伯爵」は実在の人物です。Wikipediaには、ジョヴァンニ・バッチスタ・ジャンニ・カプロニ(Giovanni Battista "Gianni" Caproni)として載ってますね。ここにはなぜか「伯爵」とは書かれてませんが、伯爵位を持っていたのは事実らしい。
優秀な技術者だったんだけど、「カプロニ」という会社の経営者としてむしろ有名なんですね。実業家であったと。
「第一次世界大戦が勃発すると、アメリカやイギリス、フランス等の連合国の需要に応え、爆撃機や輸送機の生産で躍進。1930年頃には、自動車・船舶用エンジンの生産など事業の多角化に成功し、イタリア有数の企業に発展した。これに併せ、ソチェタ・イタリアーナ・カプロニ (Società Italiana Caproni, Milano) へと社名を変えた。また、小企業の買収も行った。」
と、wikiの「カプロニ」の項にはあります。
小学生の二郎が初めて夢のなかでカプローニ伯爵と対面し、「飛行機乗りになれないのなら、設計者になればよい。」と励まされるのが1916(大正5)年のことだから、まさにこの会社が「アメリカやイギリス、フランス等の連合国の需要に応え、爆撃機や輸送機の生産で躍進」してた頃。
そんなさなかに、「飛行機は美しい夢だ。戦争の道具でも商売の手立てでもない。」なんてセリフをぬけぬけと口にするんだから、相当なタマですが。
この人の語録の中では、「クリエイターの最盛期はせいぜい10年。君の10年を大切にしたまえ。」とかいう忠告が人気みたいだけど、もっと重要なのは、「ピラミッドのある世界とない世界、君はどっちがいい?」って問いかけでしょう。
これらはいずれも、二郎が欧州に視察に出かけた際の夢のなかで語られる。だから1929(昭和4)年、二郎26歳の年です(詳細は「ひきつづき、『風立ちぬ』のこと。②」をご参照のほど)。
二郎はそれには直接答えず、「僕は美しい飛行機を作りたいのです。」てなことを述べる。
美しい飛行機。すなわち「鯖の骨」ですね。
カプローニ伯爵はピラミッド、二郎は鯖の骨。
これが対立する構図になっている。
宮崎駿作品の系譜でいえば、テレビアニメ『未来少年コナン』のギガント、映画『天空の城ラピュタ』のゴリアテ、これらが典型的な「ピラミッド」。
いっぽう、「紅の豚」ことポルコ・ロッソの愛機「サボイアS.21試作戦闘飛行艇」とか、「風の谷」のガンシップね。城おじのミト爺が操縦するやつ。ああいうのが「鯖の骨」。まあ、そう呼ぶにはいささか武骨ですが。
もっとも軽快で優美な「鯖の骨」といえば、もちろん、ナウシカの乗るメーヴェでしょう。
それでね、これは何を言ってるのかってことですが、これを「リアルな戦争」という文脈において翻訳するならば、「爆撃機」と「戦闘機」なんですよ。
ここのところを抑えとかないと、あそこの対話の真意がいまいちわからない。
「爆撃機」といえばアメリカ空軍のB-29ですね。太平洋戦争末期、日本中を火の海にした。
対して、二郎らのチームが作った零戦は「戦闘機」。
したたかなカプローニ伯爵はともかく、アニメの二郎は純朴だから、むろん戦争の道具なんて造りたくないんだ。だけど、当時の状況において、どうしても飛行機を造りたいならば、それは軍用機でしかありえない。
それで二郎は、「鯖の骨」のような飛行機、すなわち「戦闘機」をつくるって言ってるわけですよ。
軽井沢で静養して、菜穂子という恋人をえた二郎は、東京に戻って再び新型飛行機の設計主務者に選ばれ、チームで「九試単座戦闘機」をつくる。これは以前の「七試艦上戦闘機」とはうってかわった、スマートな機体であった。
これが、さらに数段階の発展を経て、のちの「零戦」になっていきます。
2024(令和6)年・追記
youtubeでの岡田斗司夫氏の講義によれば、「ラピュタ」に出てくるゴリアテは飛行船であるとのこと。なるほどそうか……。たしかに、ここに貼らせていただいた写真をみても、推進エンジンは確認できませんね。
またラッパー・兼・映画批評家の宇多丸氏は、「ピラミッド」を「階級構造」の意に解しておられるようです。その解釈を用いるならば、話はずいぶん変わってきます。