パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

世界に羽搏く「月光」!(お知らせ)

2006-02-03 10:36:50 | Weblog
 前にちょっと紹介した、アメリカの青年で、日本におけるゲイ文化、とくにレスビアン社会の研究をしているジェームズ君が、旧月光の「レスビアン特集」から、「ジャーナリストYさん」のインタビューを英訳し、下記のサイトで紹介されているので、お知らせします。英語の勉強にもなりますよ。


月光からのインタビュー:
http://wwwsshe.murdoch.edu.au/intersections/issue12/welker1.html

他にも…

12号"Queer Japan"特集の目次:
http://wwwsshe.murdoch.edu.au/intersections/issue12_contents.html
12号から『カーミラ』というレズビアン雑誌の編集長とのインタ
ビュー:
http://wwwsshe.murdoch.edu.au/intersections/issue12/welker2.html

が載っています。

 ついでに、昨日書き忘れたことを。

 余丁町の古いけれど、かなり立派なお屋敷の玄関に住友不動産のチラシを持って近付いたら、そこの家の人らしい、白髪の上品そうなお婆さんが外出先から帰ってきた。そのお婆さんは、私を見て、「広告は結構ですの」とやんわり言った。私は、「あ、そうですか」と軽くおじぎをして、そのまま通り過ぎ、2、30メートル歩いて角を曲がると、また大きな屋敷があったので、そこの郵便ポストにチラシを入れた時、奥からさっきのお婆さんが現れ、私の顔を見てちょっとびっくりしながら、「こっちも、あたしの家なの、ほほほ」と笑った。いや、うらやましい。

 一日二回の投稿になったけど、では。

女系天皇、是か否か

2006-02-03 00:22:55 | Weblog
 久しぶりの雨で繰り延べになっていた住友不動産のチラシ配付に出かけた。今回は、新宿区余丁町。新宿区健康部健康いきがい課(しかし、なんちゅー名前)から私に浴びせられた「一定のご年齢に達した方」なる呪詛を払拭すべく、意地になって歩きに歩いて、たったの309軒。ギャラに直して、たったの1500円。
 しかし、新宿区は、世田谷区とか中野区とか杉並区のような一般的住宅地とちがい、同じ住宅でもどこかいわくありげなものが多い。路地の奥へ踏み分け踏み分け進むと、「ジョン」とかのカタカナの表札が出ていたり。「ややや、かようなところにバテレンが隠れ棲みおるか!」てな感じ。

 ところで、不動産絡みでちょっと貴重な話を聞いた。
 数日前に「ノンリコースローン」について書いたけれど、これは、日本の場合、遺産相続絡みで行われることがほとんどらしい。どういうことかというと、不動産を相続したが、相続税が払えないとか、一つしかない不動産を巡る争いをさけるために、現金化して分割したいといった場合、その不動産を担保に金融機関にお金を借りることになるが、そんな際に「ノンリコース」が実施されるらしい。ぶっちゃけた話、「担保狙い」がみえみえなのだが、これはやはり、借り手、貸し手の双方がリスクを共有するという、「ノンリコース」の精神にもとるものだと思う。

 雑誌『諸君!』を立ち読み。特集は「女系天皇」。『諸君!』は女系天皇反対かと思ったが、今回の特集は必ずしもそうではない。
 女系天皇反対論は、もっぱら2000年(かどうかはわからないが)に及ぶ伝統が破壊されるというものだが、現在の天皇制は、世界に稀な長い歴史的伝統をもつとはいえ、その伝統に加え、日本の近代化の礎としての役割こそ、天皇家の「新たな伝統」として考慮すべきであって、その中で女系天皇問題も考えるべきだろうと私はこれまで考えてきたのだが、『諸君!』の今月号はそんな私の意見に近いものが多かった。
 ぶっちゃけた話、もし戦後の天皇家が、美智子様、雅子様と続いた「民間」からの嫁取りではなく、旧態依然で、旧華族の令嬢から皇太子妃を選んできたとすると、天皇家の人気がどこまで維持されたかどうか、かなり疑わしいと言わざるを得ない。要するに、「伝統の墨守」が天皇家の主な任務であるというのは、確かにその通りなのだが、かといって、「人気」などは不要とはなかなか言い難い。要するに、「人気」あってこそ、というのが大衆社会の現実なのだ。江戸時代(江戸時代も一種の大衆社会だが)のように、ひっそりと京都御所で伝統儀礼にいそしみ、来るべき日に備えるというあり方もないではないが…、でも今そんなことをしてたら、たちまち忘れ去れるだろうなあ…。
 具体的には、篠沢秀夫教授の案だが、愛子天皇の将来の伴侶は、近代以降断絶した形になっている旧宮家(有栖川宮とか秩父宮とか)を復活させて選択肢を増やした上、そこから選ぶようにすればよいというもので、私はこれでいいんじゃないのと思う。結婚相手を制限するのは憲法違反と言う人もいるだろうが、そもそも天皇家は家督相続が許されている日本唯一の例外的な「家」なんだし、そんなことを言ったら天皇家の存在そのものが憲法違反になる。憲法の第一条で定められてるってのに。まあ、第9条だけでなく、いかに現行憲法が矛盾だらけかってことなのだが。

 それはさておき、司馬遼太郎は、何の問題に関してであったかは知らないが、「最後は、大衆に従うのがよい」と話していたらしい。女系天皇の是非を巡る座談会でこの発言を聞かされた半藤一利とかいう評論家は、「司馬さんも変なことを言う。私は反対だ」とかいきまいていたが、司馬遼太郎の考察はなかなか深いものがあると私は思う。