パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

お知らせ、その他

2006-02-17 13:37:01 | Weblog
 何やら、いろいろなことをいっぺんにやらなくてはならなくなって、ブログもちょっと書き込むのが遅くなりました。

 その「いろいろなこと」の一つが、例の(?)千駄木のレストラン(イマーゴという)でタンゴの演奏会を開く、というもの。
 このタンゴバンドは、慶應大学のOBからなる「KBRタンゴアンサンブル」というもので、実力は、学生バンド全国大会三連覇の実績を誇る、折紙付き。実はこのバンドのリーダー格のぴあの担当が私の従兄弟で、私の母親の御葬式で久し振りに会い、まだタンゴをやっているということで、じゃあ、ということではじめた。

 日時は、2月25日(土曜日)の午後三時開演で、演奏曲目は以下の通り。

First Stage ( 15:20~ 15:50 )

1. チャリ-ト
2. フェリシア
3. 夜明け
4. ロカ
5. 小雨降る路 (Vocal)
6. マイアミビーチルンバ
7. 銀きつね
8. 夢去りぬ(Vocal)
Second Stage ( 16:10~ 16:40 )

1. リベルタンゴ
2. 黄昏のオルガニ-ト
3. ベサメムーチョ(Vocal)
4. 涙と笑い
5. 大きな人形
6. 水色のワルツ(Vocal)
7. カミニート(Vocal)

 一曲当たりの時間が数分と短いけれど、タンゴ曲って、元来、短いのが特徴なんだそうだ。
 コーヒー、ケーキつき、当日3000円、予約2500円。
 御予約は、イマーゴ(03-3827-0881、FAX03-3827-0882)まで。南原企画でも受け付けてます。その場合は、メール nanbara_2@nifty.com で、よろしく。下の写真は、そのタンゴバンド。受け取った際に、カラー情報を破棄しちゃッたんで白黒ですが……。



 それにしても、なんというか、高橋ダイスケを見てみようと深夜、待機したものの、滑走順が最後ということで、途中で眠ってしまって、見ることができなかったが、起きてみたら、順位が下がって、八位。どうも、転び捲ったりなんだりで、最低のできだったらしい。

 今回の冬期五輪の不成績について、玉木なんとかというヒゲのスポーツ評論家が、毎度のごとく、「国がきちんとしたスポーツ政策をもっていないから」とか言っていたが、こいつは、なんでもかんでも国を持ち出して批判するしか能がないのか。
 今回の失敗ははっきりしている。「普通通りにやればなんとなる」という甘い雰囲気が選手の間に充満していたからだ。では、なんで、そんな気分になってしまったかと言うと、はっきり言って、選手たちを統括するリーダーが、甘い言葉をふりまいたのではないか。
 というのは、選手自身はいつも不安を抱えている。たとえば、男子フィギュアで言えば、ロシアのプルシェンコなんて、とんでもない選手がいるということを、一般人、たとえば私なんか全然知らなかったのだが、選手自身は知っていたはずだ。つまり、金メダルは絶対無理ということはわかっていたはずだし、また、プルシェンコ以外にも実力者がめじろ押しであることもわかっていたはず。要するに、三位に入ることもかなり難しいが、でも、頑張れば可能かもしれない(実際、そうだと思うが)、そんなあやふやな気持ちで、選手たち自身はいたのだと思うが(今から見れば金メダル当然のプルシェンコにしても、やはり不安な気持ちでいただろう)、それ故に、選手団を統括する責任者から「なんとかなるよ」なんて、甘いことを言われたら、その言葉にすがってしまうのが人情ってものだろう。
 というのは、私自身に苦い経験があるのだ。
 大昔、高校の山岳部にちょっといた時のこと、冬の乗鞍岳に行ったたことがある。その時、上級生が、雪山登山をはじめてやることになった我々の不安をやわらげようと「初日はスキー場のちょっと上までだよ、ちょろいちょろい」と言いまくったのだ。ところが、いざ行って見ると、「ちょっと上」なんかじゃない。たっぷり7。8時間はかかる。ところが、下級生一同は、上級生の「ちょっと上」という言葉を信じちゃっていたので、上級生が、「ちょっと上は言い過ぎだった。まだまだかかるぞ」と言い直しても、もう切り替えはできず、最後には、上級生がびっくりするほどタフだった部員まで、ひっくり返ってしまった。
 この時は、一晩テントでぐっすり寝ることで、翌日にはすっかり気持ちを入れ替えることができ、その後は予定通りスケジュールをこなすしたのだが、そんなわけで、スポーツ競技において、事前のリーダーの一言は極めて大事であることを痛感したのだ。

 要するに、《いったん、「ちょろい」という気持ちが選手の間に入り込んでしまったが最後、その気持ちは、厳しい現実の前に「こんなはずではない」という焦りの気持ちに転化し、競技が終わるまで抜け出すことはできない。》

 トリノ冬期五輪の不振は、以上のように分析でき、したがって、今後も、残念ながら好成績は、もはや期待できないのではないか。おちろん、選手たちは、これまでの不成績は不成績として、今後は頑張る!という気持ちでいると思うけれど、その「頑張り」は、実際は「焦り」なのだ。もっとも、そうだとすると事前に散々叩かれまくったミキティーなんかが、逆に、好成績を残したりして。(マスコミが甘い期待を振りまいたということもあるけれど、当事者である選手自身はそんな無責任なマスコミの言葉にすがって、自分達の「不安」の解消を願うようなことはないと思う)