12月29日午前11時現在の京都市の気温3℃曇天。そりゃ寒い、もう定食屋の粕汁定食で暖まる。雨まじりの曇天では出かける気分ではない。今日はとても寒いことぐらいしか書く話題はない。
そんなときは自分の過去ログをみている。10年分あるからある種の記録集だ。実は結構これから話題を起こすことがあるなど、様々なことに気がつく。
今日は撮影画像をみていて、最近私が撮影した京都の画像は、空が多く映っていることに気がついた。そういう時は良いカットが撮れないときである。別の見方をすると焦点が絞り切れていないのだろう。どこか意識の中でステレオタイプ化したところがある。そうか古民家ばかり追いかけ、それで意識がマンネリ化していたことに気がついた。
だから私の場合、画面に占める空の割合が多くなると意識が働いていないのに撮影しているし、そんなのは撮ってもつまらない画像ばかりになる。だから画面に占める空の割合が自分の撮影意識を測定するバロメータである。最近京都の街を撮影した画像は空の割合が多いんだ。
意外に思われるかもしれないが、京都の街は撮影する面白い素材が少ないと私は感じている。数多くある観光地や名所は、誰がどう撮ってもみんな同じような画像になるし、それはステレオタイプ化の典型だ。一歩踏み込んで京都の内懐を撮影すれば、それは京都固有の光景かもしれないが、既にフォトグラファー達が写真集にしたり、あるいは雑誌などに取り上げられており、それらの背後に鎮座するジャパネスクという紋切り型の表現に収斂されてしまう。だから京都は、ジャパネスクという強烈な個性があるために、そこから抜け出すのはなかなか容易ではない。
さて話題は変わるが、社会的には29日の仕事納めが多いことだろう。すると短い休暇をどうすごすか、そんなプランを立てていて風邪をひいて寝込んでしまったとか、いろんな思い入れと現実がある。それでも時間は、ひたひたと過ぎてゆく。今日ようやく年賀状を出すのではなく買い出しに行った。だからまだ年賀状を書いていない、というか今年は書く気分になれない。寒さのためだろうか。
こういうときはいっそ大阪の繁華街へ繰り出した方が心地よいのかもしれなかったと、後悔しても遅いか・・・。あるいはこういう陰鬱なときこそ忘年会を開いて過ぎ去る時間と天候を忘れたほうがよかった。そのための忘年会なのだろう。大体世の中の忘年会シーズンというのは、ゴミの回収と一緒で早すぎるのだよ。
もう晦日、大晦日に、大いにはしゃいで、飲み過ぎて、疲れ果てて眠っているうちにお正月が来れば最高なんだけどさ。
沖縄県渡嘉敷島野崎
NikonAW130,ISO125,焦点距離9.2mm,露出補正0,f/4.3,1/100
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