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小説家、反ワク医師、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

おでん

2013-11-15 19:15:46 | Weblog
彼は整形外科の帰りにローソンに寄った。
桃の缶詰をとって、レジに出した。
すると、きれいな女の店員が出てきた。実は、彼は、以前、この女性を見て、あまりの綺麗さに目がクラッとして、一目ぼれしてしまったのである。彼女は佐々木希の100倍、美しかった。
彼は、顔を赤くして桃の缶詰をレジに出した。
彼女は、凛とした眼差しを彼に向け、
「ただいま、おでん全品70円均一セール中です。いかがでしょうか?」
と聞いてきた。
彼はもう夕飯を食べて腹一杯、だったが、彼女の勧誘にひきずり込まれてしまっていた。どうして彼女の勧誘を断ることなど出来ようか。
「で、では、下さい」
彼は、朦朧とした意識の中でこう答えた。
「ありがとうございます。何に致しましょうか?」
彼女は、嬉しそうに聞き返した。
「あ、あの。全部、下さい」
彼は、朦朧とした意識の中で、そう答えていた。
「はっ?」
彼女は顔を上げ、彼の顔を疑問に満ちた目で訝しそうに覗き込んだ。
「あ、あの。何と何でしょうか?」
彼女は、眉間に皺を寄せて聞いた。
「あ、ですから全部です」
レジの横のおでんの鍋には、大根、ゆで卵、白滝、こんにゃく、がんもどき、さつま揚げ、焼きちくわ、ちくわぶ、ロールキャベツ、牛すじ、ごぼう巻、昆布巻、はんぺん、などか、それぞれ、七個くらいづつ、鍋一杯にぐつぐつ煮えていた。
彼女は、当惑した表情で、箸で、おでんをすくって、大きな容器に入れていった。
おでんの鍋は、空っぽになり、おでんを入れた大きな容器が10個、レジに置かれた。
「いくらですか?」
彼は聞いた。
「あ、あの。12300円です」
彼は12300円、レジに差し出した。彼は、おでんの容器を車に運び出した。
「あ、あの。お客様」
彼女は声をかけた。
「はい」
彼は彼女に呼び止められて、立ち止った。
「あ、あの。何か、私が無理に勧めてしまったようで申し訳ないです」
「い、いえ。そんなことないです。僕、おでん、好きですから」
「でも、そんなに食べられるんですか?」
「ええ。食べられます」
そうは言ったものの、彼は、とても、そんなに、たくさんの、おでんを食べられる自信は全くなかった。
おでんを全部、車に運ぶと、彼はレジに行き、
「これ。少ないですけど・・・」
と言って、彼女に一万円札のチップを渡した。
ここは日本である。チップを渡す習慣はない。
「あっ。あの。お客様」
そう言って、追いかけてくる彼女を振り払うように、彼は急いで、車のエンジンをかけた。
彼女が、金魚のように口をパクパクさせて車をノックするので、彼は、仕方なく車の窓を開けた。
「あ。あの。お客様。こんなに頂くわけにはいきません」
そう言って彼女は、一万円を返そうとした。
しかし彼は手を振った。
「いいんです。僕のほんの気持ちです。どうか、受け取って下さい」
そう言って彼は、彼女の手を押し返した。
「それよりも・・・」
そう言って彼は、一瞬、言葉を出しためらったが、
「あ、あの。また、来てもいいでしょうか?」
と彼女に小声で言った。
客が店に商品を買いに来るのを拒む理由は、どこを探してもない。それで彼女は、
「は、はい」
と答えた。しかし、その顔は赤らんでいた。
「うわー。嬉しいな。では、また、必ず来ます」
そう言って彼は、嬉々として、車を始動させた。

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