小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

野球解説者としての工藤公康

2013-02-26 21:45:07 | 武道・スポーツ
29年、現役でピッチャーを続けてきた工藤公康であるが。29年間の防御率は、3.45である。もっとも、最後の年は、防御率10を超しているが、それまでは、大体、その位の防御率である。なので3.45が工藤投手の実力とみていいだろう。今は、野球解説者になった。今日は、侍ジャパンと、阪神タイガースの強化試合の解説をしていた。もう一人の解説者は、古田敦也氏である。捕手で、所属チームはヤクルトだけで、移動はなく、18年の終身打率は、.294である。ヤクルトの監督も少し経験している。
工藤氏は、29年間、戦力となったのだから、投手としての実力は確かだろう。しかし野球解説者としての実力は、無いように見える。彼は、バッターやバッティングの解説は出来ない。ピッチングの解説しか出来ない。そして個々のピッチャーの解説も出来ないように見受けられる。それは、工藤氏が、自分のピッチングの感覚からしか、他のピッチャーを見れないからだろう。ピッチャーには、左投げ、右投げの違い。オーバースロー、サイドスロー、アンダースロー、の違い。がある。さらには、各ピッチャーは、自分独自の投げ方をしていて、一人として、同じ投げ方をしているピッチャーはいない、と言って間違いない。工藤氏は、自分の投げ方の感覚という視点から、各ピッチャーを見ている。つまりは、自分の色メガネで他人を見てしまっているのである。野球選手なら、誰でも、投げる技術、打つ技術を持っている。当然、野手も投げる技術を持っている。肩が強く、コントロールもある。無いのは、変化球を投げられないことである。(送球を変化球で投げる野手はまずいないだろう。いるとすれば、星一徹の魔送球くらいであろう)

野球の解説を聞いていると、工藤氏よりも、古田敦也氏の方が、色メガネがついていなくて、各ピッチャーやバッターを、さらには野球全体の分析が、工藤氏よりも、はるかに正確に分析できているように見える。し、実際そうだろう。「自分を無にして他人や物事を観察する能力」がないと、優れた野球解説者になることは出来ない。

「各々が我こそは真理を専有すると主張してやまぬ流儀というものは、他のあらゆる流儀を否定する。このような流儀は、自派に都合のよい解釈をもって、他の流儀の美点を解剖してしまい、曲解した上で自派に取り込む。そして駄目にする」
(ブルース・リー)

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