中国単身赴任生活 東京浦島太郎編

10数年住んだ中国を離れて東京のサラリーマン。浦島太郎です。
今は、自転車、写真、ジュリエッタなどのブログです。

足音が響く

2021-03-08 | 新型コロナ

一年半ぶりくらいに成田空港へ行きました。

こんなご時世ながらドイツへ赴任するという弟を見送りに、です。

TVや報道で理解はしていたつもりでしたが、実際に人気のない空港に来てみるとあまりの淋しさに涙でそうです。

毎週のように、今日はここから、なんて空港写真をFBにあげていた頃、ちょっと相談があるからさ、と言って翌日には国際線に乗って出張していた頃には、空港って人が多くて、どうやったら少しでも早く手続きをして飛行機に乗るかを考えていた場所。

出張の合間に会社行っていたような生活。

日本に帰任してから既に10年以上過ぎていますが、通勤定期持っていたのはそのうち2年くらいだけ。

月に10日ほどしか会社行かないし、それも天気よければ自転車通勤。

それがこの1年以上、ずっと日本にいながら会社行かない生活になりました。

去年の1月にコロナ、とか言われ始めた時も、早ければ夏、悪くても年内には終息と思っていましたが、いまだ先が見えないですね。

羽田から国際線が飛ぶようになってから成田を使うのはだいぶ減りましたが、それでも1回/月くらいでは来ていましたね。

ここをちょっと上がると左に本屋があってユニクロはあそこにあって、お土産買うのはあそこの店で。

ほとんどの店が閉まっていました。

 

出張いけない代わりに海外のお客さんとWEB会議したりしていますが、もう半年以上WEB会議では顔合わせているのにリアルではまだ一回も会えていなかったりします。

それでも仕事は進められるようになっているし、この先もこんな感じなんだろうな、と思っています。

多分今年もこんな感じで行かなくてはいけないのだろうし、2022年になったら少しは好転しているのかなぁとかすかな期待。

とはいえ、以前のように気軽にいくわけではなく、気合入れて行くんでしょうね。

 

90年代に空港行くと国際線の方は、そんなに人がいませんでした。

中国の空港は顕著で、90年代はまだ飛行機は高根の花だったので、広い空港に足音響いていました。

北京の第二ターミナルで来た時には、こんな広い空港作ってどうするんだろう、と。

それが状況は急速に変化し、コロナ前には、中国の空港はどこも大混雑で、国際線だって中国の人だらけでどうやって早く手続きするか、イミグレ抜けるか、を考えていましたね。

 

またあんな風になるのは何時ごろなんでしょうね。

一年前には コロナに負けるな! って書いていましたが、いまやどうやって共存するのかをまじめに考えなくてはいけない状況ですね。