中国単身赴任生活 東京浦島太郎編

10数年住んだ中国を離れて東京のサラリーマン。浦島太郎です。
今は、自転車、写真、ジュリエッタなどのブログです。

SARSの思い出

2020-01-17 | 一般

武漢で新型コロナウイルスによる(と推定される)新型肺炎が流行しだして今朝までに2人の死亡が確認された、としきりに報道されている。

写真は、2003年に大流行したSARSのウイルスだが、今回も同じようなコロナウイルスが原因らしい。

2003年にSARSが流行った時には、北京から福建省へ引っ越したばかりだった。

最初は、広東省や香港で騒ぎになり、香港の重慶マンションを中心に結構な数の死者がでて本格的な騒ぎになったと記憶している。

そうこうするうちに4月中旬に北京で患者と死者が出て、一気に騒ぎのレベルが上がった。

飛行機に乗る時、降りる前、体温測定に特別な検査官が非接触式の体温計もって白い感染防止服姿で乗客全員の検査をしていた。

本社の安全管理部署から、マスクと消毒液を送ったから、上海まで取りに行け、と連絡があり、マスクは転送してもらったら、なんと一人一個!

消毒液はアルコールなので、もちろん飛行機には積めず、電車で取りに行けと。当時列車で20時間くらいかかる上海に取りに行くはずもなく、たぶんあの大量の消毒液はまだ上海会社にあるはず。

町中のスーパーもタクシーもバスも、窓全開で熱帯地方の福建省では大変でした。 気温35℃以上でマスクしてろ、って無理です。 スーパーのレジのお姉さんたちは顎にマスクしてましたね。

 

本社からは、帰ってくるな!そこにいろ! と冷たく突き放され、それでも帰った北京の駐在員は、2週間自宅待機のうえ、出社しても大会議室に閉じ込められて、そこから出てくるなと言われていました。

 

日本の報道は、SARSの記憶があるから、大騒ぎですが、現地はそんなことなかったです。みんなマスクしているよね?とマスク病の日本人は聞きますが、マスクしていたのは日本人と、北京など外地から来た人だけ。

知り合いの武漢在住の医者が「楽観視してはいけないので、早く帰れ!」というのでマスク外さずにさっさと日帰りしました。

 

それにしても日本の人達はマスク好きですよね。

年中マスクしている人も結構いるし、電車の中なんかで間違えて咳でもしようものなら一斉に非難の目を浴びること確定的。咳払いでさえ遠慮する位。

もう少しおおらかでもいいのではないかと思う私がおかしいのかもしれないと思うほど、神経質な社会になっていますよね。

もう少し違うところに気を使って、元気に新しいことやりましょうよ。