もっこす亭の生きざま日誌

 「自然と人・人と人」の“いいかげん・いいあんばい”な生き方を求めています。

雪の中、息子とDVDデッキの修理に

2009-01-31 21:39:14 | Weblog
  
 ダウン症の二男Tは、帰省して一番の楽しみは○○レンジャーなどのアニメを見ること。
 だから帰ってくる途中の“ゲオ”か“つたや”でDVDを一枚借りてくるのが習慣になっている。
 ところが、扱いが乱暴なためデッキのトレーが引っ込まなくなった。

 小生の手に負えないので、購入したヤマダ電機に持っていったら保障期間が過ぎていて見積もりに出すだけで2500円かかるという。“THE安心”は、大型家電だけで対象外なのだという。
 サービス日本一をうたう「ヤマダ電機」なのに、いざとなると街中の電気屋さんと変わらない。
 昨年雇用問題?などで取り上げられていたので、気にはなっていたのだが。

 さて、文字も読めない息子は、レンタル屋で何枚ものDVDの裏表を何度もひっくり返し、絵で判断して一枚だけ選ぶ。その様子は真剣そのもの。(小一時間かかるので付き添いは疲れる。)
 小生は、彼が“自分の楽しみを自分で選べる貴重な機会であり、学習の一つでもある”と考えている。
 
 だから、早く直すことと同時に大事に使うことも分かってほしいという思いもあって、雪の中、息子を連れて名取市の4号バイパス沿いにある“ドクターヒューズマン”に持ち込んだ。
 
 雪降りで店の中に客はなく、直ぐに見てもらうことができた。
 息子は、目の前で上蓋を外して調整をしてもらう様子をじっと見つめていた。
 待つこと10分足らず、うまく収まった。電気を通してスイッチでもうまく作動する。OKだ。

 「よかったね。大事にしろよ。」「ーん。」
 「おじさんに、ありがとうございました。」頭を下げながら「うーん。」
 快く直してもらって感謝! 更に料金までサービスしてもらい二重の感謝!!

 帰りにダイヤモンド エアリに寄った。息子はびしょびしょの雪の中を、大股で右手を大きく振って入り口に向かった。大きなわた雪が、頭も服も包もうとしていたが顔中にこにこだった。
 中では、子連れのお客がのんびりとショッピイングを楽しんでいるのが目についた。

 道路は、6号線の分岐までのろのろの渋滞だった。

手話サークルにて

2009-01-30 14:38:31 | Weblog
 昼前から小雨が降りだした。
 この雨は週末いっぱい続く予報。春につながる助走になりそうだ。

 昨夜、ろう者のTさんたちがやっている“手話サークル”にお邪魔して、2月18日に予定した「三町合併と障害者福祉」の集会のチラシを届けた。
 
 公民館のサークルの部屋に灯りがない。
 廊下に若い女性一人。手話を習いに来たとのこと。
 管理のおじさんがやってきて、みんな遅れてくるからと灯りとストーブをつけてくれた。
 チラシの説明をしながらみんなが来るのを待った。

 しばらくして、Tさんと手話通訳のOさんがやってきたので早速説明しお誘いをする。
 首をひねっていたTさんは、合併するとどうなるのか分からないから質問できないと言う。
 そこで説明したが、理解しがたいようだった。情報が入っていないのだ。

 そして、「どうせ、なにもしてもらえないから」としり込みする。
 「だから、我々もいっしょになって町長に話をしようとしている。議員にも参加を呼びかける。」と促す。

 やがて、仕事を終えたろう者の人たちも集まりだす。
 黙って聞いて(見て)いた男性から
 「ろう者というのは、中途聴覚障害者とは違う。」という指摘。
 エッ!小生は、ろう者も聴覚障害者というかたまりとして捉えていたのだったが。違っていた。
 更に別な人から「おれたちろう者は、他の障害者よりコミュニケーションが取れないというので、簡単な仕事しかさせられない。だから給料も安い。」と。

 ろう者の人とは、十数年付き合ってきたが、こんな話は初めて聞いた。
 小生のこれまでの付き合いは、うわっつらだけだったのだ。

 18日の集会は、開けば何かが見えてくるものではない。彼らに何かを見てもらうには、もっと配慮した段取りが必要だと考えながら帰ってきたのだった。、 

間もなく節分「オニは~そと、ふくは~うち」は我家の豆で

2009-01-29 22:22:52 | Weblog
 ぽかぽかの一日だった。夜になっても暖かい。
 
 今日、最後の看板立てをする予定だったが、元町会議員のAさんが残りを立ててくれることになり、時間が空いた。
 それで、去年から終わっていない“豆打ち”の作業をした。

 最近、干していた大豆をカラスが食べに来ていたから気がせいていた。
 前回の分はブルーシートにくるんでいたが、開いて見ると少し雨水が溜まって膨らんでいるのもあった。
 今さら悔やんでもしょうがない。続けて打った。
 カラスに食われたにしては、思いのほか多い収穫だった。
 DSC_0001.jpg
 しかし、長いこと雨ざらしにしていたから品質は悪くなってきていた。
 しかたがない。
 もうじき節分。「オニは~そと、ふくは~うち」は我家の豆で。

 明日から明後日にかけては雨の予報。
 とりあえず、ふるいにかけて大きなゴミを取り除き、下屋に取り込んだ。

 それから、2月15日に予定している、青森の旧浪岡町の最後の町長になり、現在は県会議員をしている古村氏の講演会のチケットを勧めに行った。

 旧浪岡町は、町民の多くが反対したにもかかわらず強引に青森市に合併されたという。
 古村氏は、今分町運動をしているとのこと。
 その実情を聞き、わが町の町長と対談してもらって町民の判断材料の一つにしてもらうつもりである。多くの町民に情報を提供し、一人ひとりが自分で判断できるようにしたいのである。

“エンペェ”って な~に?

2009-01-28 14:12:58 | Weblog
 今日も冬ばれ。
 気温は低いが風がないから、陽だまりはぽかぽか。
 だが、国政には相変わらず寒風が吹き荒れ、隠蔽体質も一向に改善されない。
 
 ここ宮城では、昨年から梅原仙台市長のタクシーや公用車の不正使用が騒がれている。
 マスコミからも追求され、その対応が流されてくるが、
 「筋トレジムに通うのも視察のための公用である」などと、まるで悪がきのような態度だ。
 今年に入って、土井石巻市長も大量のタクシー券の私的利用が追求され、認めた。
 梅原市長は、まだ突っ張っている。 いやはや、どんな感覚の持ち主たちか?

 さて、こちらの“隠蔽”は同じ“いんぺい”でも庶民の知恵
 昨年、ある退職者グループが年に一度出している薄い連絡誌に、全国級のものが投稿されていた。
 紹介しよう。
 『        「萱葺き屋根の囲炉裏端」 (O.R子さん)
 濁酒(どぶろく)をにごり酒などと上品には言わない。エンペェ、密造ゆえに「隠蔽」が訛ったものか。
 戦後しばらく村に偵察が来た。税務署員らしき男たちが通ると、すぐさま村中一斉に伝令が飛ぶ。
 連絡網は、村に唯一ある学校の電話。
 子ども等は、家へへと近くは走る、自転車を飛ばす。電話のないは軒下に吊るした鳴り木(大きな板)をたたく。
 それに気づくと床下に樽を隠す、裏山の穴へ、寺の位牌堂へと、こういう時こそ村人は結束するのである。
 長い冬を男たちは、薪をくべつつ囲炉裏端に茶碗を並べ、白い一升瓶を回す。女たちは筵を編む。
 太い梁からつるした自在鉤の途中に組んだ井桁の囲い木に、藁沓やかんじぎを干すのであった。
 雪は積もり、ふぶき乱れ化ける。
 家畜はすべて家族と一つ屋根の下で春を待つ。萱葺きは温(ぬく)いが、火を落とすと隙間風は一本の細い吹き溜まり作りの芸を疲労する。
 だが、茅不足と職人の激減で、在りし日の生活を支えた夫の実家の萱葺き屋根は、二年前に取り壊した。 』

 なんとほほえましい「いんぺい」ぞ。
 授業中でも伝令に走らせる先生たちや子どもたちの様子が目に浮かんでくるようだ。
 学校もお寺も、の人たちが一つになって生きている。
 大変な時代だったろうが、温い心がを覆っていたのだろう。

 さて、昨年3月の同窓会用に仕込んだ小生の「エンペェ」。
 この戦後と同じことが、昨年夏の終わり頃だったか?に起きた。
 税務署員男性2人が突然やってきた。

 「どぶろくを作ったか」と訊くので「うん」と答えると、
 「許可なく作るのは違反です」と言うので
 「日本中たくさんの所で作っているよ。農文教は“どぶろくの造り方”を出版し、裁判もやってくれているよ」と、少しやり取りをする。
 「ええ、それをブログに書かれると困るのです」と。
 それで「分かった。ブログに書いたり、おおっぴらにしなければいいんだね」と言うと、
 言いにくそうにして帰っていった。
 終始おだやかに応対していたが、何でも訪問したのは、3度目くらいだったようだ。
 こんなことで大の大人二人に3度も足を運ばせたとは。なんとも言いがたし。
 
 これまた今の世のほほえましさか・・・

 ところで、去年の“エンペェ”は、去年の夏には、表面は白いカビに覆われ、咳き込むほどに酸っぱかったのだが、今はアルコール分はほとんどぬけて、少し甘味のある“す”に変身していた。
 酵母が生きているといろいろと変わるのだ。中身は何ともない。
 飲むのではなく、ペットを飼っているか実験をしている感じで楽しんでいるのである。
 
 早く“エンペェ”が、悪者のレッテルをはがされ、伝統的な食文化の一つとして特区ではなく一般的に認められる日がくることを願っている。

第5回合併推進協議会を傍聴

2009-01-27 21:11:28 | Weblog
 午後、3町合併の「第5回合併協議会」が我が町の学習センターで行なわれた。
 
 30分前に行くと、MさんとHさんが2月15日の合併反対講演会のチラシを配っていたので直ぐ加わった。
 
 厚い資料をもらって会場に入ると、傍聴席はほぼいっぱいになっていた。
 今日の目玉は「在任特例」。
 前回書いたように、推進派は全員が「在任特例」派。
 
 本日の最初の議題がこれ。検討委員会を作っていたものだ。
 議長が報告を求めると、言いだしっぺのO町のA議員が
 『情勢の変化があり、在任特例は進めないことにした。』と前言を翻した。
 前回あれほど勢いのよかった特例派議員たちは、次々ともっともらしい理屈をつけて撤回した。
 近づいた町議選を意識して、ころっと態度を変える様は、実にこっけいだった。

 あとは、合併したらの話。
 選挙区はなしに、定数は当面30名でスタートすることになった。
 我が柴田町の委員たちは、町長を入れて5人が堂々と反対意見を述べた。

 最後は、全員による意見交流で終わった。

今日はすばらしい晴天

2009-01-26 21:15:09 | Weblog
 今朝は、すばらしい晴天。

 久しぶりにKさんから電話あり。
 「昨日やっと年取りが終わったので山へ上りたい。」とのこと。
 そういえば、昨年彼の姉さんが亡くなられたのだった。

 午前中は空いていたので、九二一つあんの工房を経由して上る。
 いつもと違うコースを通ると、景色も新鮮。
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 村田町から見る南蔵王連峰。
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 中央蔵王。標高の高い“澄川スキー場”などくっきりと。
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 北蔵王連峰の“雁戸山”。
 ここからは、蔵王連峰の全姿を展望できるのだ。

 Kさんと新年の挨拶を交わして大急ぎで戻り、午後から合併問題の看板立て。
 一人では心もとないので、Sさんに同行してもらう。
 
 3ヶ所の予定で出発したが、知り合いを紹介してもらい5ヶ所に立てることができた。
 こうして回ると賛同してもらえる所も多い。
 いろいろな人と出会えるのは楽しいものだ。

三町合併問題の討論会と障害者福祉懇談会の準備

2009-01-25 20:30:56 | Weblog
 午後から「三町合併討論会」が、町内の西船迫団地の集会所で行なわれた。
 地元選出の推進と反対の町会議員が1対1で意見を述べ合い、それを聞いた住民が質問や意見を出し合った。
 住民に、双方の考えを聞いてもらって判断材料にしてもらおうというのが目的だったが、推進派のK氏は、最初から警戒してけんか腰。かみ合う所は全くなくすれ違いで終わった。
 初めてのこととて、止むを得まい。お互いを知る機会ができただけでもよかったと思う。
 
 ところで、ようやく「三町合併と障害者福祉」のチラシができ上がった。
 先日、県の福祉関係に勤務するFさんに各障害者団体や各自治体の障害者サービスについて調べてほしいと頼んでおいたが、それについてメールが届いた。
 忙しい仕事の合間を縫って調べてくれた結果、期待に沿えるものは見当たらないとのことだった。 突然の要望に一生懸命対応してくれたFさんには感謝。

 以下のようなお礼のメールを送りました。 
 『ありがとう!
 やっとチラシ500枚できあがり、呼びかけに入りました。
 はらから会や旭園にも配布し、手話通訳者の手配もできました。
 
 町内では、どうしたら住みやすい町になるのかいろんな所で話し合われるようになってきました。
 小生も含めて老人たちが元気です。
 
 今日は、西船迫地区で推進派と反対派の議員の討論会が持たれ、60人ほどが参加しました。
 たくさんの人が意見を持って集まりましたが、結果としてはすれ違いに終わりました。
 初めてのことだからやむを得ないことですが、こんな討論会がもてたことはよかったと思います。

 我々は、敵と味方に割れてはいけないと考えているので、回を重ねられたら一致点を見出せると思います。
 ただ、裏に利権が絡んでいないことを願っています。

  また、たくさんの人たちが必要な情報を知りたがっていることも、あらためて感じました。
 行政は、住民が判断するのに必要な情報を隠さず、ごまかさず提供してほしいと、みんな思っています。

 これを機会に、障害者の方々にも町政に関心を持ってもらい、参加するきっかけにしてもらえたらありがたいですね。
 
 またいろいろ教えてください。』と。

雪割りシイタケ

2009-01-24 20:00:36 | Weblog
 今日の最高気温は、昨日より10℃も低い。
 
 昨日のこと。
「ぼちぼち村」のキノコのほ場では、雪の中でシイタケが芽を出している。
 多くが親指の太さ。 
 コピー ~ DSC_0018.jpg
 その中に一本、雪の際から大きいのが。傘の大きさ20cmくらい。
 コピー ~ DSC_0019.jpg
 肉厚で、じくもずんぐりと太い。
 「きっとうまいぞ」と収穫。「雪割りシイタケ」と命名。
 
 大寒の時季に、シイタケがこんなにたくさん芽を出したのは初めて。
 やはり、温暖化の影響か?

合併問題は“お茶のみ話”で

2009-01-24 18:48:36 | Weblog
 午後「三町合併に反対し自立の町を作る柴田の会」の第2回総会が開かれた。
 
 朝、チェーン店の会長のIさんから電話。
 「会合に4人で参加するので、送り迎えをお願いしたい。」という嬉しいもの。
 二つ返事でOK。

 13:30 迎えに行くと、4人ともI会長に負けず劣らずのご高齢。
 しかし、理解力はまだまだ旺盛。
 長時間の難しい説明を、うなずきながら聞いておられた。

 会場には“問題だらけの合併の中身を全町民に知ってもらいたい”という思いが強まっていった。

 小生は、みんなで“お茶飲み話”にすることを提案しました。

大寒に入ったというのに

2009-01-23 21:09:17 | Weblog
 大寒に入ったというのに“雨”。
 昨日一日降り続いた雨は午前中にようやく上がり、昼から晴れた。
 
 それで「ぼちぼち村」に上った。
 ところが山の道に入っても、道路に雪はなく、ほとんど乾いていた。

 「ぼち村」では、入り口の雪は水を含んで柔らかくなっていた。
 近くで雪かきをしていたうめんつあんの奥さんに訊くと、昨日は雨だったとのこと。
 この時季に標高600mで雨が降るとは、とんでもないことだ。

 母家の屋根の雪は、随分滑り落ちていた。気温は12℃を超えていた。
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 ダムの推量を確かめに湖底に下りると、雪は随分解けていたが水量は全く増えていなかった。
 市は、まだいっぱいに溜める気はないようだ。
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 この前の鳥たちが同じ場所に群れていた。氷はだいぶ解けてさざ波が踊っていた。
 
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 このケヤキの株の下も水面が広がっていた。

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 不忘山も心配そうだ。 

 明日は、今日より10℃くらい下がるという予報。