私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―最期

2012-08-18 14:05:11 | Weblog

 卯月4日の朝日が、吉備のお山のてっぺんから顔を覗けかけた時です。それまで眠っていた小雪が僅かに目を開きます。お須香が障子越しに差し込んできた朝日の柔らかい光にふっと目覚めた時と同時でした。
 「あら小雪ちゃん」
 と小さく声懸けしました。
 「あ、お須香さん、ここ、どこどす」
 在るかないか分からないくらいの消え入りそうな声です。お須香は小雪の手をしっかりと握り締めます。途端に、にっこりとして、小雪は弱々しく言うのです。
 「へだて心はむずかしゅうおわす、うまいことできへんかったようどす。・・・・・」
 それだけ言うと、又、しばらく目を閉じます。また、
 「あたしは、何か、お喜智さまに抱いてもろうたようなきがしたのどすが、そんなことが・・・・。うれしゅうておしたへ・・・・おっかはんの臭いでし。・・」
 嬉し涙でしょうか、小雪の頬を一筋伝わって流れました。
 しばらく何か言いたげな様子でしたが、そのまま目を静かに閉じたまま動きません。
 「小雪ちゃん、しっかりして」
 お須香が小雪を抱きかかえます。
 「おおきに、小雪は、おかっはんが小さい時からいつもいうてたとおりに、しっかり瘠我慢できました。・・・・・お須香さんありがとう、・・・お世話になりました。それに、お喜智さまにお礼がもう一度言いとうおした」
 とぎれとぎれに、小雪の体に残っている総ての力を振り絞るようにしてそれだけ言うと、小雪の体から総ての力が、スーと抜けるように引いていきました。
 「小雪ちゃん、しっかり・・・」
 お須加は体を強く揺さぶりました。小雪はうっすらと目を再び開いて、
 「ありがとうございました。・・・・小雪は・・・」
 涙が又一筋頬を伝い流れ落ちていきました。これが最期の小雪のことばでした。