私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―眠る小雪

2012-08-07 09:43:24 | Weblog

 梁石先生は、喜智に向かって、ちょっと頭をお下げになりながら、
 「心の臓が大分弱っています。前から悪かったのでしょう。・・・・まず、ゆっくりと休ますことですな。体を出来るだけ動かさないようにそっと運んでください、声も掛けないようにして」
 万五郎親分は明日の賭場の至急の仕事があるとかで、熊五郎親分に呼ばれ、もうその場にはおりません。何か男手が、と言う時のために、例の「三」と呼ばれた若者をその場に控えさせておりました。
 「済まないが、お若いの。この人を運ぶので戸板か何かを持って、手伝いの人も2,3人連れてきてくれないか」
 「へい」と、返事を残して、三は飛び出て行きます。
 「今ゆっくりと、このお人は眠っています。眠らせてください。それが一番の薬です」
 そこに、早くもあの三が、戸板の上に布団を敷き4,5人も屈強そうな若者を連れて入ってきました。梁石先生は、お須香さんのお手を借りながら、素早く小雪を戸板の上に移しました。
 お粂が、三に「大阪屋の離れに」と言うと、戸板の若者の前に立って、ゆっくりと先導していきました。須香も真木も、無言のまま、その左右を護るようにして後に続きます。
 日差のお山は、其の七変化の最後を飾る漆黒へと色を染め変えております。宮内の町は、その漆黒のお山とは裏腹のような不夜城です。明日の賭場への前祝いの為でしょうか、誰も彼もが何か浮き足立つように喧騒な町を町を行き来しております。さっきまで、あれほど「小雪っ、小雪つ」と、絶叫していた人達が、と板の上に寝かされて運ばれていく小雪には見向きもしないで大声を張り上げながら通り過ぎて行きます。