私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ー無中有

2012-08-19 20:51:26 | Weblog

 小雪の急変を聞き、お粂さんが飛び込んできました。お滝さんも駆けつけます。
 知らせを受けた梁石先生もこられました。ややしばらくしてお喜智さまも駆けつけてこられました。
 「心の臓の病は今の医術ではどうする事が出来ないのだ。1日もと思っていたのだが、よくも3日も命ながらえたのだ。よく頑張ったと皆で褒めてやってくれ」
 と、じっと天井を見つめながら梁石先生。
 お須香が「わっ」と小雪の体を抱き寄せます。お粂さんもお滝さんも小雪の亡がらにひれ伏します。喜智は、小雪の側に居ざり寄り、もう冷たくなっている小さな小雪の手を、自分の体で温めてやるかのように、しっかりと握り締めながら
 「よう踊られましたな・・小雪さん。・・・・・・菊五郎さんはあれからすぐ江戸のお仕事が待っているのだと言われ、お帰りになられました。あなたに是非伝えて欲しいとお話になられました。『どんな名優にも、決して負けることのないような小雪のへだて心を、よくぞ舞いおおせたものだ。美しかったよ。きれいだったよ。いや、それ以上に、「ただ立派だったよ」としか言いようのないような舞だった。・・・その心だけで、形も、何もない虚ろなものを舞と言う人の姿に形を現わすことのむずかしさを小雪はよくぞ舞い果せたね。わたしもどう現わしていいのかはっきりと言い表せない形をよくぞその体で舞い果せたな』と。・・・・・・・・私も、よくぞは分かりませんが、小雪さんの真に迫る「是ぞ舞である」と言う本物の芸を見せてもらいした。瘠我慢かもしれませんが、「無中有」を造り出した芸を見せてもらいました。命を張ってまで、よう頑張りましたね。芸は人の心がにじりでるものですね。ねじれた汚い心を持った人が、いくら熱心に舞ったとしても、真っ直ぐな純な舞は舞えるものではありません。本当の舞を見せてもらいました。菊五郎さんの言われたへだて心とはこの一筋の真っ直ぐな心ではないでしょうか」
 涙を目にいっぱいためて、小雪に、一心に話しかけるように言われるのでした。