小雪が三達に大阪屋に連れ出された後、舞台に残った梁石先生は、喜智に
「あの人は元々心の臓が悪く、激しい動きをするたびに、いつも痛みが体中を襲っていたのではと・・・・、でも、よくもあの痛みを我慢して、あんな激しい舞が舞えたものだと、感心されられます。・・・・。『へ・だ・て・ご・こ・ろ』とかなんか、途切れ途切れに、あの人は寝言みたいに言っていたのですが、これも心に加かって負担になっていたことは確かです。あれはなんですかなー・・・」
しばらく考えて、
「この病を癒す薬と言っても、今、私の手元にはありません。洪庵先生の所では教えていただいたことはあるのですが、残念ですが、この近くにはないでしょう。岡山に行ってもないと思います。林さまを通じて一応はすぐにでも手配はして見ますが。・・・・兎に角、今は、ゆっくりと、ただ休ませる事だけしか、・・・・・・手の施しようがありません」
「そうですか、手の施しようがありませんか・・・ありがとうございました。できる事なら助けてやりとうございますが。・・・誰か先生を送ってくださらない」
と、喜智は深々と頭を垂れ、梁石先生をお送りした後、一寸、思案顔でしたが、青龍池の「さえのかみさま」の方にお向きになられ、両の手を合せてお祈りしてから、小雪はお須賀にまかせて、堀家のお屋敷の方へと、「へだてごころ」とか何か、ぶつくさと口の中で唱えるようにして、町の喧騒の中に紛れ込むように歩を急がせます。
漆黒の日差の山上は、幾分、まだ宵の名残りを残したままの群青の空が広がり、そこには、今にも消えそうな三つ星が行儀よく並んで、冬のそれとは違い、喜智の心の内を物語るかのように細やかに瞬たいています。