突然
「がんばれ小雪」
という言葉が、桟敷の誰かから飛んできました。それを合図に、そこにいた総ての人達からあちらからもこちらからも一斉に、小雪へ声援でしょう、拍手が怒濤のように沸き起こります。その波が幾分治まったように見えた時です。これも誰かが、
「もうええ、そのへんにしとけえ。小雪を静かに眠らせてやろうじゃあねえか」
と。それが合図であったかのように、あれほど荒れ狂うばかりに騒いでいた人達が、だんだんにその場から、一人去り二人去りして、漕ぎ去(い)にし船の跡無きごとしさながらに、後は、ただ照明用の明かりだけが静まりかえっった会場を、昼間と紛うばかりに照り輝やかせています。その間、お喜智たちは、じっと頭を下げて、観客が一人になるまで見送っていましたが、やがて、幕の内に引っ込むように退き、舞台の左に倒れこんでいる小雪の側にそっと近ず来ます。そこには、もう医師の梁石先生も来て、診察しています。