私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ー榑縁の一枚の細長い廊下

2012-04-29 18:31:26 | Weblog

 「なにはともあれ、あなたは、今日は倉敷の林様のお客様ですからね。表に回ってくださいな」
 「でも」「でも」といくら押し問答しても、埒が開きません。ついに恐る恐る小雪は、その勝手口を出て堀家家の玄関の向かうのでした。長いお屋敷の塀を回る小路を下を向いたまま、できるだけゆっくりと歩いていきました。
 決して自分のようなはしためが、出向くことができるような処ではないことぐらい十分わかっています。そんな、今、置かれている自分自身の奥底に潜み込んでいる恐しいまでの穢さがわが身を襲って、わが身を余計に歪めいじけさせているのでした。こんなに長い道のりを今までに歩いたことがなかったかのように思えるのです。
 ようやく玄関につくことが出来ました。
 その玄関では、やはり大奥様がもうすでにお座りになって迎えてくださっているではありませんか。自分の置く場所がいくら探しても見つからないような気分になりながら玄関に一歩一歩踏みしめ自分の歩を確かめるようにして入っていきました。
 それからしばらくの間、何処をどう通ったのか、なにがなんだか分らないような気分になりながら、お喜智さまに案内されて奥の座敷に向かいます。廊下から見える回りの庭も木々も塀も、向こうのお山も何も目に入りません、ただ通る廊下の一直線に伸びた榑縁の一枚の細長い板の上を歩いていきます。
 それでもどうにか、じっとうつむいたまま案内された部屋にまで行く事が出来ました。
 「おお小雪、無事で生き通せることが出来ていたか。随分心配していたぞ」
 その声はどこかでかで、かって聞いたことがあるように思えましたが、はっきりとは記憶にはありません。伏せ目がちにそっとその声のお方を見やりました。
 「あ、林さま」
 声にならない声が自然と口をついてでてきました。