その年の雪は、この南国吉備の国にあっても、近来にない珍しい大雪になり、数日間はなにやかやと面倒なことばかりが次々に起きていました。
雪のために、お客さんが少なかったり、そのお客さんの取り合いで近所同士のお店が喧嘩したりして何だか物騒ぎの多い春です。また、平生なら話題にもならないようことですが、この町の暴れん坊の「しょうやん」と呼ばれている何時も陽気に騒いでは話題をそこらじゅうに振りまいているいる人気者が、雪の坂道でひっくり返り、たいそうなお怪我をして、今も起き上がれないなど、こんな狭い町内でも、話題に事欠かない毎日でした。
そんな中でみんで大笑いした事もありました。
この大雪の十日ばかり後でしょうか、「きんさん」というやりてのおっかはんが、あまり高くはないのですが、二階の屋根から落ちてきた少しばかりの残雪を頭から浴びて、
「おお痛い、おお痛い」
と、今にも死にそうに、大仰に泣き叫んで皆から、冷ややかな目で見られたのを、弥生なってからも「薄情な女ども」と随分と恨めしがっています。
「鬼は外」という、店々の姐さん方の素っ頓狂な掛け声と一緒に、神社からありがたく頂いてきた、ちょっとばかり田舎にしては高級そうな漆塗りの派手派手しい一升枡に入れられた神豆を、面白おかしゅう大通りを逃げ惑う尻まくりした大勢の男はん目がけて面白しろ可笑しゅう投げつけます。その逃げ惑う男はんの後ろ姿にも、京では見られないめづらかな、鄙びた、何かしら物悲しさを湛えた趣が感じられ、小雪にはどうしても、軽やかな祭り気分には浸りきれませんでした。
この町は、桃太朗さんの鬼退治の町だそうです。そうかどうかは分らないのですが、沢山の鬼が節分の夜には、町中を練り歩くのだそうです。その鬼目がけて、家々からおなごはんやお子たちが寄って集って豆を投げつけるのです。
また、如月の初めには、普賢院の境内で、これもまた世にも珍しい裸祭りが行われていました。「おん」「めん」二本の宝木を、裸の男はん達が取り合う怒号か渦巻く喧騒な世界である境内を離れて、清流池からは、水氷を取る女の人の哀愁を帯びた静かな読経の声も聞こえてまいります。悲喜交々とした人の世の情念が立ち込めているようでもありました。
喧騒な殺気立った男はんの世界と道一筋を隔てて色も欲もかなぐり捨て、ただただ、一心に仏に帰依しようとする物静かな女ごなんの世界が、こんなちっぽけな宮内の中で、お互い無関係なように、また、深く結びつうように繰り広げられます。
そんなこんなと、月日はあっという間に、この宮内の小雪を通り過ぎていきました。その時間の流れと共に「きち」様の事も何時しか消えてしまい、それと共に、また、生きる望みも何もない空っぽな空しい日々が続きます。
雪のために、お客さんが少なかったり、そのお客さんの取り合いで近所同士のお店が喧嘩したりして何だか物騒ぎの多い春です。また、平生なら話題にもならないようことですが、この町の暴れん坊の「しょうやん」と呼ばれている何時も陽気に騒いでは話題をそこらじゅうに振りまいているいる人気者が、雪の坂道でひっくり返り、たいそうなお怪我をして、今も起き上がれないなど、こんな狭い町内でも、話題に事欠かない毎日でした。
そんな中でみんで大笑いした事もありました。
この大雪の十日ばかり後でしょうか、「きんさん」というやりてのおっかはんが、あまり高くはないのですが、二階の屋根から落ちてきた少しばかりの残雪を頭から浴びて、
「おお痛い、おお痛い」
と、今にも死にそうに、大仰に泣き叫んで皆から、冷ややかな目で見られたのを、弥生なってからも「薄情な女ども」と随分と恨めしがっています。
「鬼は外」という、店々の姐さん方の素っ頓狂な掛け声と一緒に、神社からありがたく頂いてきた、ちょっとばかり田舎にしては高級そうな漆塗りの派手派手しい一升枡に入れられた神豆を、面白おかしゅう大通りを逃げ惑う尻まくりした大勢の男はん目がけて面白しろ可笑しゅう投げつけます。その逃げ惑う男はんの後ろ姿にも、京では見られないめづらかな、鄙びた、何かしら物悲しさを湛えた趣が感じられ、小雪にはどうしても、軽やかな祭り気分には浸りきれませんでした。
この町は、桃太朗さんの鬼退治の町だそうです。そうかどうかは分らないのですが、沢山の鬼が節分の夜には、町中を練り歩くのだそうです。その鬼目がけて、家々からおなごはんやお子たちが寄って集って豆を投げつけるのです。
また、如月の初めには、普賢院の境内で、これもまた世にも珍しい裸祭りが行われていました。「おん」「めん」二本の宝木を、裸の男はん達が取り合う怒号か渦巻く喧騒な世界である境内を離れて、清流池からは、水氷を取る女の人の哀愁を帯びた静かな読経の声も聞こえてまいります。悲喜交々とした人の世の情念が立ち込めているようでもありました。
喧騒な殺気立った男はんの世界と道一筋を隔てて色も欲もかなぐり捨て、ただただ、一心に仏に帰依しようとする物静かな女ごなんの世界が、こんなちっぽけな宮内の中で、お互い無関係なように、また、深く結びつうように繰り広げられます。
そんなこんなと、月日はあっという間に、この宮内の小雪を通り過ぎていきました。その時間の流れと共に「きち」様の事も何時しか消えてしまい、それと共に、また、生きる望みも何もない空っぽな空しい日々が続きます。