シネマトリックス

面白かった映画、つまらなかった映画、見なかった映画は空想で・・今はたまののんびり更新です。

彼らは。。我がためにのみ微笑む。。「セッション」

2015-12-23 20:53:52 | Weblog

「鬼だ、悪魔だ」で話題の「セッション」先日レンタルで鑑賞。

最近中学校の教師がトイレで生徒をめった打ちにしたり、合唱で声を出していない(と思われる)生徒の口元にカッターナイフをあてたり・・といわゆる教師のパワハラ、虐待が問題になっているよね。

「セッション」に登場する音楽学校のエリート教師、フレッチャーのやっていることも、教室という密室での虐待になる。でも、小中学校の担任とフレッチャーの役割はかなり違うってこと。

この音楽学校は、将来音楽家として食っていきたい子供たちが入ってくるところであり、言ってみれば、生徒というより弟子ですね。師匠につく弟子というポジション。小中学校の生徒と教師は、そこまで高みを見据えた関係性ではない。なんせ、フレッチャーと生徒の関係は、将来の飯の種へとつなげっていくわけですから。

フレッチャーのバンドに入り、そこで認められれば、コンクールにも出演、スカウトの目にとまり、バンドマンとしてプロになれる可能性大。だから、生徒は緊張の上にも緊張する。

フレッチャーは生徒にフレンドリーに話しかけたりもするが、そこから得た情報をいびりのネタにする。生徒の身体的特徴も、彼にとっては罵倒のネタだ。

完全に「虐待」なんだよね。

でも、観客は救いを求める、きっとフレッチャーにも生徒への愛があるに違いない、最後には主人公の生徒、ニューマンとの心温まる交流を見せてもらえるに違いないと・・

フレッチャーを演じたシモンズのインタビューを読んだけど、彼は監督と話しあい、本作のクライマックスについても観客が自由に感じてもらってOKなように作ったと・・そして、紋切り型の「主人公が困難を乗り越えてチャンスをつかむ」的なストーリーにすることを拒んだと・・

自由に受け取ってもらってOKとのことなので、以下がワタクシの感想。

なんて嫌な奴なんだ、このふたり。

主要人物がふたりとも嫌な奴なのに、ここまでグイグイ引っ張ってくるのがすごい。

主人公のニューマンも相手を思いやって言葉を選ぶことが一切なく、目的のためなら、平気で人間関係を切る。(後半少し変わったが)しかも肝心な時に寝坊したりする。。
鬼教師のフレッチャーは「俺のバンド」「俺のテンポ」「俺に恥をかかせるなよ」「俺は育てたかった、バードを」俺、俺連発、自己愛満点の完璧主義者。

でも、偉大な音楽家として、音で人を翻弄し、酔わせ、狂わせ、夢中にするのに、「いい人」である必要なんてないとも言える。

本作は終始ひとつのことをつきつける「こんな狂った環境でも、やるか?それでも、音楽をやりたいのか?」と・・

衝撃のクライマックス、フレッチャーに笑みが・・でも、安心しちゃいけない、これは「俺のバンドが賞賛を浴びている」「俺はなかなかの者を育てられるのかも」の笑み。己のための微笑みなんだ。

本当にすごい強烈な映画でありながら、決して「いとおしく好きで抱きしめたい」映画にはならない。こんな嫌なやつ、ふたりだぞ。でも、職人系の仕事をしたいなら、見ておくべき作品かも。(ちなみにこのくらいきっついバンマスは結構いるそうです)

「戦って勝ち取れ。それでも、お前はやりたいのか」と胸倉をつかまれて叫ばれるから。